シャルル・フーリエの情念を天然知能的計算に転回する……郡司ペギオ幸夫
p353 本稿では、フーリエの情念を、動的データを計算資源とする広義の計算実行環境と解釈し、フーリエ理論に新たな人工知能、新たな計算論の可能性を見出したいと思う。フーリエはむしろ人工知能の発達した現代においてこそ、その真価を発揮すると考えられる。
入力と出力の因果関係の謎。
計算機が加法を行って12+3=15を出力するのとはわけが違う。
ChatGPTはネットの情報を利用して、「忖度」して結果を出す。忖度が存在する隙間が生まれる。 意識の実装はデータ処理の量的な問題ではない。
仮に意識がデータ処理であるなら、その処理方法は処理されるデータの外部に求めるしかないようになる。
p354 目の前のコーヒーを、既知の「コーヒー」として、経験的に知っている、「自分が好んで飲む飲み物で、赤道を中心とした低緯度でしか栽培できず⋯⋯」と理解しながら、同時に突然、それが自分にとって忌々しい苦く嫌悪するものになるかもしれない可能性を引き受けるように、「コーヒー」を理解するのである。
コーヒーの処理の仕方を「わたし」の内部に求められないということ。
あんまりわからない
人工知能の場合はアルゴリズムによって処理されているので、原因は内部に求められる。
構造が違うので、ChatGPTが意識を持つことはないと考えるが、処理の原因を外部に求めざるを得ない処理を実装するなら意識の実装は可能になる。
忖度と言う語の戦略
p335 だから、ChatGPTの忖度という言葉を使ったのには、二重の意味を含んでいる。第一に、機械の延長上に、すなわちデータの量的延長上に意識を見出す人工知能肯定派に対するアイロニーとして、忖度は人に固有の行為のようにみえて極めて機械的だという意味を、第二に、感情的否定に留まる人工知能否定派に対する異議申し立てとして。何しろ本稿では、フーリエの情念を、計算の実行環境として捉え、計算を外部に接続する意味を構想し、「忖度」を越えようとしているのだ。 入力と出力の隙間は計算実行環境といえる。
電卓における計算実行環境は電源、計算する部屋の環境
ChatGPTにおいては取り込まれるデータ、意味情報が含まれる。
p256 学習結果の過剰適用こそが忖度なのである。こうして絶えず変化するデータにアクセスし続けるChatGPTは、未知の文字配列さえ、学習した顔部品配列の派生系と解釈し、「見たいように見る」ことで忖度を実現する。
計算と計算実行環境の切り離し不可能性
電卓を「使う」モデルでは無理で、人工知能とは忖度とは違う形で「付き合う」必要がある。
p357 データの海、すなわち計算実行環境こそが、計算にとって本質である、そういった計算を、再考するのである。
情念とは計算実行環境へと置き換え可能である。
対応関係
情念(五感)と、ネット上にある視聴覚データから最終的に電気信号として脳で処理されるデータ。
ネットのデータを取り入れる主体と、データのネットワークにおける結節点。
社会における感情と、結節点を射程に入れたデータ構造パターン。
それらを運用することは、データをどのように探索し、取り込むかの方法。
これらを考慮した人工知能は、データの「動的無際限さ」に積極的で機敏な計算ということになる。
動的無際限さは見えるデータの「外部」にあるもの。外部への感受性において人工知能は「生きたデータ」を流通させる計算になる。
情念の流通と、天然知能の外部の受容は極めて近しいものと考えられる。
(1)感覚・感情の情念の計算論的意味
第一情念
五感は将来的にはすべて電気的刺激で再構成可能であると考えられるので、ネットのデータとして再構成できる。
第二情念
集団に求められる感情的情念
絶えず変動するネットのデータをネットワークと考える。ノードにデータが位置し、リンクがデータの輸送路になる。
世界の中の五感データは、複数の電気信号がむずびついた構造でしかないが、人間はデータを他のデータ構造へと連結し、他のデータ構造を操作するようなネットワーク内の局所的構造である。
p359 このときそのような局所的構造(人間)へアクセスし、局所構造を見渡す特異な局所的構造をさらに作り出し、そこへの情報の授受を実現する。人間を表す局所構造へアクセスするものが友情や愛であり、複数の人間構造に対して普遍性を示すような特殊な局所構造が野心や家族愛ということになるだろう。普遍性は、複数の人間構造にデータを流す特殊なノードの中で、他の全ての特殊なノードからデータが流れてくるようなノード、のような形で定義することができる。このような局所構造を動的に維持、変化させるネットワークが、社会性を有するネットワークということになり、その中で特定の構造にアクセスすることが、社会に特異な情念、感情的情念ということになる。逆に、それは、人間社会の情念を、局所的パターンの多数存在するデータのネットワークとして実装できることを意味するのである。
フーリエは感情的情念は矛盾するが(友情と野心など)この矛盾を解消するように情念を運用することで、結果的により豊かな社会の実現になると考えている(配分的情念)。
ネットワークが担う外部性、無際限さをそこに付与することができるなら感情的情念をネットワークにおける計算実行環境として再構成することができる。
(2)配分的情念の計算論的意味
第三情念(配分的情念)
計算の時間的持続と蝶々情念の時間的持続は異なり、移りゆく次のものはあらかじめ用意されていない。
一旦蝶々概念を計算操作の合成と考える。
同時に異なる情念を捉え、両者の集合的全体とは異なる感覚を感じるもの。共時的な操作。
一旦単にデータの列挙しておくものと考える。
何かを秘密にし、はかりごとをすること。自分だけが利益を得られるようにするもの。
操作としては、隠された「何か」を操作することである。
ひとまず「何か」は経験的なものであると考えると、経験という計算の表に現れないものの操作として考える。 経験を取り込んだ計算に相当するものが、帰納的計算である。 この3つが情念計算の根幹を成している。
(3)フーリエの情念の根幹――天使カップルと天然知能
フーリエの情念の根幹にあるのは、天使カップルの構造。
天使カップルのナルシスとプシュケ
心情愛で強く結びつくが、唯物愛では決して結びつくことがない。
心情愛と唯物愛それぞれの異なる文脈で成立する。このような均衡状態にあって初めて全ての他者を受け入れることができる。 異質な二者、共立不可能な二者をどのように理解するか
人工知能
郡司は二者を何らかの形で関係づけることで理解を完了する知性全てを人工知能と呼ぶ
媒介を挟んだとしても二者から構成される閉域からは逃れられない。
この意味では人工的神経回路網以上に人間のほうがよっぽど人工知能的である。
天然知能
異質な二者の外部にアクセスし、外部を召喚する。
二者は共立不可能であるため、ともに受け入れる肯定的矛盾とともに否定する否定的矛盾を構成する。
この2つの均衡状態が実現されたとき、二者の間に隙間が現れ、そこに二者の外部が召喚される。 肯定的矛盾と否定的矛盾の均衡的な共立はトラウマ構造と呼ばれる。 p362 天然知能は、創造を外部の召喚と捉える。創造は、手元にあるものを、能動的に組み合わせ、融合し、捏ね回すことでは実現できない。創造は、世界はこれだけだ、と思っていた外部からやってくる。それは徹底して受動的に待つしかない。しかし外部を召喚するための賭けに出るためには、待つための態度、装置が必要となる。それが、肯定的矛盾と否定的矛盾の共立というわけだ。 異質な二者間の外から見れば恋愛模様だが、内部には矛盾を内包した状況を作り出す(肯定的矛盾)。唯物愛としては結びつかないことで相手の肉体を否定している(否定的矛盾)。
この共立によって、当事者である二者の天使の外部に誰でも良いファランジュの他者が受け入れられる。
これは天然知能的な態度である。
原・配分的情念と原始帰納関数
計算はどのような行為か
p364 人間が実行する記号操作をどこまで単純化、抽象化できるか。計算概念は、そのような試みを通して明確になっていった。それらは、互いに独立に、さまざまな形で実現されていったが、最終的に全ては等価なもので、表現が違うだけに過ぎないことも分かっている。
無限の長さのテープに記号が書き留められ、ヘッドが記号を書き込んだり消したりする。
テープは記録が重要な役目となる。計算における記憶を担う。
原始帰納関数
自然数の計算を考える計算概念。
(1)定数をあげる操作
(2)数に1を加える動作
(3)並んだ計算から、どれかを取り出す操作(射影)=原・複合情念 並べられた計算は再帰的に定義される。
加法を計算してから乗法を行うようなもの。
(5)帰納法で定義される関数(帰納法)=原・密謀情念 以前なされた手続きを参照し、以後同様に続くことを示すということ。
続いてきた経験は明示的に現れず、密謀情念と結びつく。
原帰納関数は自然数を用いた計算の全てを網羅できない。原始帰納関数の外部が発見されたわけだが、発見のされ方もフーリエの議論に関わる。
原・配分的情念=原始帰納関数の外部
原帰納関数の外部は、計算と計算実行環境の混同から発見された。
通常の計算機では実行される計算と実行環境はほぼ独立であるが、アッカーマン関数では、計算と実行環境が連動している。
第二の計算法則(n(右の数)が0の場合:Ack(m,0) = Ack(m-1, 1))はこの連動を担っている。
計算と実行環境が依存し合うことで、無限ループに入った計算が暴走するように、アッカーマン関数は巨大な数を出力する。
第二の計算法則によって計算と実行環境が混同されることで計算の手順ごとに計算の回数が増えてしまい、はじめから確定したn回の再帰で計算が終わらないことから原始帰納関数の外部が発見された。
アッカーマン関数は計算と計算実行環境の肯定的矛盾と否定的矛盾を共立させる非常にうまい構造を持っていたと言える。
アッカーマン関数によって原始帰納関数が拡張された。
天使カップルもアッカーマン関数と同じように外部を召喚する。
計算実行環境としての情念
自然数を対象とした帰納関数よりも遥かに無際限に変容する意味を持つ「言葉」の計算。
言葉を計算資源として用いるときの計算実行環境は無際限に変容可能な意味となる。
蝶々情念
「アイスクリームとは何か」と問われ、それに応えようとしながら(アイスクリームを計算しながら)アイスクリームの無際限な意味を考慮して計算することである。
意味の無際限さに開かれ、計算に絶えず混入させることで連接は終わらず経時的に文が生成される。
複合情念
「詩」の生成。
忖度を超える機能
特定の条件での学習と結果の適用はベイズ推定と呼ばれる推定法。 一般的世界(経験外も含めた世界)と限定的世界(経験の部分)の混同
密謀概念