スロッビング・グリッスル(Throbbing Gristle)はなぜ特別だった? 久保憲司が振り返るポップ・シーンを激震させたノイズ・バンドの最狂エピソード | Mikiki by TOWER RECORDS
スロッビング・グリッスルがなぜ凄かったか? それまではノイズと呼ばれるような音楽はコンクリート・ミュージック(今はミュージック・コンクレートと呼ばれてますね)や現代音楽と呼ばれ、インテリが通ぶって聴いていたものでした。でも彼らはそれをポップ・ミュージックの文脈でやった。それがカッコ良かったのです。
ジョージ・ハリスンの実験的なアルバム『電子音楽の世界(Electronic Sound)』(69年)なんかを聴いても、どうも満足しなかったんですよね。僕が同作を聴いたのはリリースされてから5、6年後だったかと思いますが、当時は〈なんじゃこれ〉と思ってました。〈電子音楽の世界〉は今聴くとスロッビング・グリッスルです。3か月分のお小遣いを貯めて買った〈電子音楽の世界〉を〈なんでこんなレコードを買ってしまったんだろう〉と泣きながら聴いていた頃からたった2年しか経っていないのに、スロッビング・グリッスルの音楽に僕は興奮したのです。それはパンクを通過したノイズ、現代音楽だったからかもしれません。スロッビング・グリッスルが受けた一番の理由はこれでしょう。
そういう彼らの活動に触発されて、どんどんアーティストが過激になっていったのが80年代という時代でした。ドイツのアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンは、ライヴにドリルを持ち込んでステージに穴を開けながら音を作っていました。当時ロンドンの現代美術館・ICAでのライヴに行って、お客さんがいっぱいで僕は中に入れず外のバーで酒を呑んでいたんですが、ライヴが始まった途端お客さんが一斉に出てきたので、〈どうしたん?〉と聞くと、〈ドリルでステージをガーとやったらステージが壊れて、ライヴ中止や〉とのことでした。日本でもハナタラシが会場にユンボを持ち込んでライヴ​をしたりしていましたね。
すべてスロッビング・グリッスルが悪いのです。とにかくとんでもないことになっていたのです。
スロッビング・グリッスルの発したメッセージ、それは〈これからは情報戦争だ〉〈俺たちはデス・ファクトリーに生きている〉というものでした。〈デス・ファクトリー〉とは、イギリスの〈テスコ〉という世界一安いスーパー・マーケットを揶揄した言葉ですが、つまり〈テスコの食品を食わされた俺たちは屠殺所に行く家畜だ〉ということです。
スロッビング・グリッスル(Throbbing Gristle)はなぜ特別だった? 久保憲司が振り返るポップ・シーンを激震させたノイズ・バンドの最狂エピソード | Mikiki by TOWER RECORDS