Artin-Hasse-Weil L関数(ガロア理論型L関数) 加藤先生
# Artin-Hasse-Weil L関数(ガロア理論型L関数)
加藤和也(京大理)
ゼータ関数は、素数たちが見事に協力しあう姿である。
Eulerの公式
\[
$$ \prod_{p:\text{素数}}(1 - p^{-s})^{-1} = \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s} $$
\]
を見ると、左辺は素数という一見無秩序に出現するものに関する積であるが、素数たちの協力の仕方が見事であるために、右辺を見ると、そこには秩序ある、解析的な扱いに適したととのった姿のものがあらわれている。素数たちをへたくそに協力させても、このような解析的にすぐれたものはあらわれない。たとえば
\[
\prod_{p:\text{素数}}(1 - 2p^{-s})^{-1}
\]
はあまり良い協力ではなく、これは黒川信重氏によると、\(\text{Re}(s)=0\)を自然境界とし、リーマン・ゼータ関数 \(\zeta(s)=\prod_{p:\text{素数}}(1 - p^{-s})^{-1}\)のように複素平面全体に有理型に解析接続されるといった、すぐれた解析的な性質は持たないのである。
このように、\(\zeta(s)\)のようなEuler積表示を持つゼータ関数は、素数たちが見事に協力しあう姿と言え、素数たちが互いに声をかけあい、はげましあい、愛し合う形と言えるのである。そういうゼータ関数を見ていると、素数たちが「しっかりやれよ」「元気かい」とかけあう声が聞こえてきそうなのである。
さて、Euler積を持つゼータ関数、すなわち素数たちの見事な協力には、2つの大きな生じかたがある。
1. ガロア理論から生じる。
2. 保型形式から生じる。
(1)が本稿で論ずる、Artin-Hasse-Weil L関数であり、有理数体 \(\mathbb{Q}\)(一般には代数体をとる)の絶対ガロア群 \(\text{Gal}(\overline{\mathbb{Q}}/\mathbb{Q})\)が線型空間に作用することから生まれる。このゼータ関数は素数に関する積である。各素数 \(p\)のところにあらわれるのは、ガロア群の中の「\(p\)のFrobenius置換 \(\varphi_p\)」の線型空間への作用の様子で決まる。すなわち、このゼータ関数は
\[
\prod_{p:\text{素数}}(\varphi_pの作用の様子)
\]
(ここに \(\varphi_p\) は \(p\) の Frobenius置換)の形になる。
(2)は、保型形式のうち Hecke作用素 \(T(n)\)(\(n\geq 1\))たちの固有関数になるものをとると定義されるゼータ関数であり、
\[
\prod_{p:\text{素数}}(T(p)の作用の様子)
\]
(ここに \(T(p)\) は \(p\) 番目の Hecke作用素)の形になる。
(2)のゼータ関数は、保型形式の理論によって、解析的にすぐれた性質を持つことが保証され、素数たちの見事な協力であることがわかる。しかし(1)のゼータ関数は、素数たちの見事な協力であると信じられているけれども、現今の私達の方法では、それが「素数ごとに勝手にてんでんばらばらに与えたものをかけあわせたもの」とちがって解析的にすぐれたものになっている、ということを証明することは、たいてい難しすぎてできないのである。
ところが非可換類体論(谷山-志村予想、Langlands予想)によれば、
「(1)から生ずるゼータ関数」=「(2)から生ずるゼータ関数」となっていると予想される。(つまり生じかたの違うゼータ関数が一致すると予想される。)なお、この場合(2)に言う保型形式は、通常の上半平面上の保型形式だけでなく、もっと一般の \(GL_n\) の保型形式まで考えている。非可換類体論はまだ予想であるが、それが完成したときには(1)のゼータ関数は、(2)のゼータ関数であることがわかり、したがって解析的にすぐれた性質を持つことがわかることになるのである。
非可換類体論の発展は、Fermatの最終定理の解決をもたらしたWilesの仕事により新局面をむかえた。WilesとそのあとのBreuil、Conrad、Diamond、Taylorによる谷山-志村予想の解決により、\(\mathbb{Q}\)上の楕円曲線のHasse-Weil L関数((1)型のゼータ関数である)は、(2)型の保型形式のゼータ関数であることが証明され、\(\mathbb{C}\)上の正則関数であることがわかった。
(1)型のゼータ関数は、ガロア理論の花咲く素数の世界の深奥に源を持ち、たいへん深い。素数の世界は、私達の故郷である。原初の生命はそこからやってきたものと考えられる。
# §1 Artin L 関数
## (1) Artin L関数の定義
\( K \)を代数体(\(\mathbb{Q}\)の有限次拡大)とする。
\( L \)を\( K \)の有限次ガロア拡大とし、群\( \mathrm{Gal}(L/K) \)が作用する\( \mathbb{C} \)上の有限次線型空間\( V \)が与えられたとする。すなわち群準同型
\[
\rho : \mathrm{Gal}(L/K) \to \mathrm{Aut}_{\mathbb{C}}(V) \cong \mathrm{GL}_n(\mathbb{C}) \quad (n = \dim_{\mathbb{C}}(V))
\]
が与えられたとする。
\( S \)を\( K \)の有限素点からなる有限集合で、\( L/K \)で分岐する\( K \)の有限素点を全部含むものとする。Artin L関数\( L_S(s, \rho) \)は、
\[
L_S(s, \rho) = \prod_{v:Kの有限素点, v \notin S} \det\left(1 - \rho(\varphi_v)N(v)^{-s}; V\right)^{-1}
\]
と定義される。ここに\( N(v) \)は\( v \)の剰余体の位数、\( \varphi_v \)は\( v \)のFrobenius置換で、それは\( \mathrm{Gal}(L/K) \)の中で共役を除いて定まる\( \mathrm{Gal}(L/K) \)の元である。(\( \det \)は共役のとり方によらないのでwell-definedである。)
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## (2) 例
### 例1.
\( L=K \)、\( V=\mathbb{C} \)、\( S=\emptyset \)(空集合)ととる。\( \rho \)はtrivialな1次元表現であるが、これを\( \mathbf{1} \)と書く。
\[
L_\emptyset(s, \mathbf{1}) = \prod_{v:Kの有限素点} \left(1-N(v)^{-s}\right)^{-1} = \zeta_K(s)
\]
ここに\( \zeta_K(s) \)は\( K \)のDedekindゼータ関数であり、\( K=\mathbb{Q} \)の場合
\[
L_\emptyset(s, \mathbf{1}) = \prod_{p:素数}\left(1-p^{-s}\right)^{-1}=\zeta(s)
\]
### 例2.
\( K=\mathbb{Q} \)とし、\( N\ge 1 \)とし、\( L=\mathbb{Q}(\zeta_N) \)(\( \zeta_N \)は1の原始\( N \)乗根)とする。
\[
\mathrm{Gal}(\mathbb{Q}(\zeta_N)/\mathbb{Q}) \cong (\mathbb{Z}/N\mathbb{Z})^\times
\]
を群準同型
\[
\chi:(\mathbb{Z}/N\mathbb{Z})^\times \to \mathbb{C}^\times
\]
(Dirichlet characterと呼ばれる)をとり、同型を通じて\( \chi \)を準同型
\[
\chi:\mathrm{Gal}(\mathbb{Q}(\zeta_N)/\mathbb{Q}) \to \mathbb{C}^\times
\]
と見なし、\( V=\mathbb{C} \)とおいて\( \mathrm{Gal}(L/K)=\mathrm{Gal}(\mathbb{Q}(\zeta_N)/\mathbb{Q}) \)の\( V \)への\( \chi \)による作用を考える。
\( S=\{Nの素因数\} \)とおく。\( S \)は\( \mathbb{Q}(\zeta_N) \)で分岐する素数をすべて含み、\( S \)に含まれない素数\( p \)について、同型において\( p \)のFrobenius置換は
\[
\varphi_p \leftrightarrow p \mod N
\]
となっている。したがって
\[
L_S(s,\chi)=\prod_{p:素数, p\nmid N}\left(1-\chi(p)p^{-s}\right)^{-1}
\]
であり、これはDirichlet指標\( \chi \)に対応するDirichlet L関数に他ならない。
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## (3) Artin L関数の性質
Artin L関数\( L_S(s,\rho) \)は次のような性質を持つ。
- **P1.** \( \mathrm{Re}(s)>1 \)において絶対収束し、\(\mathbb{C}\)全体に有理型に解析接続される。
- **P2.** \( L_S(s,\rho) \)と\( L_S(1-s,\rho^*) \)(\(\rho^*\)は\(\rho\)の双対表現)の間に関数等式と呼ばれる関係が成立する。
- **P3.** \( L_S(s,\rho) \)は\( \mathrm{Re}(s)=1 \)において零点を持たない。
- **P4.** \( L_S(s,\rho) \)は\(\mathrm{Re}(s)=1, s\ne 1\)において極を持たない。\( s=1 \)における\( L_S(s,\rho) \)の極の位数(極でない場合は0と定義)は、\(\rho\)を既約表現の直和に分解するときにあらわれる単位表現(1次元trivial表現)の個数に等しい。
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## (4) Artin L関数についての予想
Artin L関数について次のような予想がある。
- **C1(Riemann予想)** \( L_S(s,\rho) \)の零点で、0以下の整数でないものは\( \mathrm{Re}(s)=\frac{1}{2} \)をみたす。
- **C2(Artin予想)** \( L_S(s,\rho) \)は\( s\ne 1 \)において正則である。したがって\( \rho \)が既約表現で単位表現でないとき、\( L_S(s,\rho) \)は正則関数である。
## §2 Hasse–Weil L関数
Kを代数体とする。XをK上の代数多様体とするとき、Gal(\(\overline{K}/K\))の作用する線型空間
\[
H_{\text{ét}}^m(X \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell)
\]
(\(m \geq 0\), \(\ell\)は素数)があらわれる。これはエタール・コホモロジー群であり、\(\ell\)進数体\(\mathbb{Q}_\ell\)上の有限次線型空間であって、次の性格(i)(ii)を持つ。
(i) \(H_{\text{ét}}^m(X \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell)\)は線型空間としては理解しやすいものである。Kを\(\mathbb{C}\)に体として埋め込み、\(X(\mathbb{C})\)をXの\(\mathbb{C}\)有理点全体のなす位相空間とするとき、
\[
H_{\text{ét}}^m(X \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell) \cong H^m(X(\mathbb{C}), \mathbb{Q}) \otimes_{\mathbb{Q}} \mathbb{Q}_\ell
\]
たとえばXがK上の楕円曲線なら、\(X(\mathbb{C})\)はドーナツの表面の姿をしており、
\[
H^m(X(\mathbb{C}), \mathbb{Q}) \cong
\begin{cases}
\mathbb{Q}^{\oplus 2} & (m = 1) \\
\mathbb{Q} & (m = 0, 2) \\
0 & (m \neq 0,1,2)
\end{cases}
\]
よって
\[
H_{\text{ét}}^m(X \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell) \cong
\begin{cases}
\mathbb{Q}_\ell^{\oplus 2} & (m = 1) \\
\mathbb{Q}_\ell & (m = 0, 2) \\
0 & (m \neq 0,1,2)
\end{cases}
\]
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(ii) しかしながら、\(H_{\text{ét}}^m(X \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell)\)へのGal(\(\overline{K}/K\))の作用は複雑で、理解しにくい。たとえばXがK上の楕円曲線なら、Gal(\(\overline{K}/K\))の作用する線型空間として\(H_{\text{ét}}^1(X \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell)\)は、\(T_\ell(X) \otimes_{\mathbb{Z}_\ell} \mathbb{Q}_\ell\)の双対である。ここに\(T_\ell(X)\)はXの\(\ell\)進Tate加群であり、
\[
T_\ell(X) = \varprojlim_n X\ell^n \]
である。この作用は複雑で理解しにくいものである。しかし逆に、そのように複雑なものであるからこそ、Gal(\(\overline{K}/K\))の\(H_{\text{ét}}^m(X \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell)\)への作用の様子に、Xの微妙な性質がかなり忠実に反映される。
たとえばX, X'がK上の楕円曲線のとき、\(H^1_{\text{ét}}(X \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell)\)と\(H^1_{\text{ét}}(X' \otimes_K \overline{K}, \mathbb{Q}_\ell)\)はただの線型空間としてだけ見れば、ともに\(\mathbb{Q}_\ell^{\oplus 2}\)で区別がつかないが、Gal(\(\overline{K}/K\))の作用のついた\(\mathbb{Q}_\ell\)上の線型空間としてこれらが同型であれば、Faltingsの定理により、XとX'は\(\ell\)中定数のisogenyを除いて真に同型である。ドーナツの表面は位相空間としてはどのドーナツもみな同型であるが、ドーナツの味の微妙なちがいがGal(\(\overline{K}/K\))の作用の様子を見ることで区別できる。