juryという全自動式我楽多(※対話機能非搭載)について
今首を括ったら走馬灯はこの辺かな、というのを書いておきます。他人に向けた自己紹介というよりは、僕の精神を中和させる安定剤として吐き出したものだと思ってください。
jury(じゅり)
ハンドルネームは「july」のスペルミスに由来。小2の頃の話だが、今でも英語に弱い。
とにかく浅く広い守備範囲が特徴として挙げられ、興味のある知識があればそこかしこに現れる。ドのつく文系。
そのためXだけでも用途別に10個以上のアカウント、5個ほどのbotを持つが、一応のメインはこちら。現在のアイコンを分かる人がいたらうれしい。 その他の活動先、用語botなどについてはこちらを参照。 ASD(自閉症スペクトラム)診断済み、障害者手帳3級。他、ADHD・鬱病とも。
ゼロ年代の文化が好きで、今の文化があまり好きではない。もちろん一概に比較できるものではないが、相対的に。
特にライトノベルを筆頭としたオタクカルチャーへの評価に対してこの辺の言動が顕著。
令和におけるスポーツ・芸能などの庶民によるマッチョイズムの欠落を常に悲しんでいる。
天才華奢生活能力運動神経皆無引きこもりロングヘア助手付き従い少女探偵を好む。具体的にはこれとかこれとかこれ。 ホームズがヒロインだとしたら、ワトソンでありたい。
もともとニコニコメドレー界隈出身だが、今は特に音MAD界隈に興味を持ち身を投じている。
本当に友達が欲しい。思想の朋友が欲しい。
2001年8月8日、静岡県清水区生まれ。同育ち。
教師の両親の下に生まれたことが幸いしたのか、しばらくは文武両道に秀でた模範的な優良児として歩みを進める。
2008年、小学校入学。
高学年の頃には、ピアノ-野球-習字-野球-体操-野球-野球と毎日のように習い事を嗜む。特にピアノは4歳から12年間続けた。今となっては何も弾けない。
胎児の頃から今に至るまで読売巨人軍のファン。現在の思想にも多大な影響を与える。王道こそが正義であること、座標であり続けること、ノブレス・オブリージュの均衡を保つこと、プロスポーツは勝利こそがすべてであること。
小学校1年生の頃に父親の仕事道具のお古であったWindows Vistaを本格的に使い始め、電子の海に身を投げ入れる。
ひたすら情報を浴びる。アニメをラジオ感覚で聞きながらWIkipediaをランダム表示して読むなど。それを記憶することを至上の喜びとした。
当時私生活に何も支障がなかったため自己顕示欲が鬱積されることもなく、よってネットで何か成果を上げようという気は起きなかったため、2ちゃんねるなどでも殆どROM専であった。
ニコニコ動画にもこの頃出会う。2009年投稿の七色のニコニコ動画をリアルタイムで視聴するなど、情報の集約としてのニコニコメドレーシリーズに関心を持ち、よく追っていた。 以上の事柄からゼロ年代(10年代前半含む)には深い思い入れがあり、特に同時代のライトノベルを好む。CV:釘宮理恵のヒロインに陶酔。
2014年、中学校進学。
この頃から視力低下により眼鏡を常用的するようになり、見た目がかなりオタクになるが、意地でもリアルでオタクの話はしないと心に決めていた。
それでもひっそりと図書室のラノベのスペースをチェックしていたが、中2の時にはあった『撲殺天使ドクロちゃん』がPTAに引っかかったのか中3には消えていたことが妙に印象に残っている。ずっと大好きなラノベ。
部活は野球部にしようと思ったが、知り合いの同級生がみんなクラブへ行ったため陸上部に所属。
小学校時代には学内持久走大会で2位を取った経験を持つが、サボり癖が首をもたげ始め全くやる気になることなく終える。
付近の標高300メートルくらいの山を登る持久走が一番楽しく、体力も友人も失った今でも2年に1度くらいのペースで赴く。
学業に関してはしばらくはこれまで通り差し支えなかったが、論理的思考に欠けていたため数学で躓くさまが見られた。しかし今までは何の問題もなかったことから勉強する習慣を身に着けられず、結果として高校受験に失敗。これが負への大きな分岐点となった。
2014年10月頃にTwitterを開設(@jury_mine(2021年に凍結済み))。
きっかけは前年に2ちゃんねるで起こったとある事件であった。 好きな作家が必要以上に無責任に叩かれていることに失望と憤慨を覚え、匿名という存在が心底嫌いになる。
これは現在僕が常々垂れ流す、「生産者>消費者」の図式を絶対的に支持するに至った直接の原因となっている。
2017年、高校進学。生活に異変が起き始める。
今まで友人の誰かを通して別の友人を紹介してもらい関係を作っていたため、全く知り合いのいない環境での友達作りに苦しむ。
結果不登校や保健室通いを繰り返し、明確に社会のレールから外れ始める。
その雰囲気のままソフトボール大会で無駄に活躍し、得体の知れぬ恐怖感に支配されたことを覚えている。
職業診断の適職が「哲学者」で絶望する。
心療内科に通い、発達障害(ASD)が発覚する。他、知能検査によりいわゆる「発達凸凹」と呼ばれる、知能がある方向に偏った状態にあることを知る。
具体的には言語・記憶が満点だったのに対し、パズルのような直感的・論理的なものが平均より低かった。この時点でなんとなくクリエイターに向かない予感はしていた。
医師の診察を受けた際、「盲人が眼の見えないように、あなたには他人の気持ちが分かりません」と言われたことをよく覚えている。
2018年後期に通信制(全日制)の高校に転校。
しかし上記のことから自己嫌悪に陥り、「劣った自分が他の真人間に話していいのだろうか」という考えのままコミュニケーションを亡失する。
幸いなことに近くの優しいヤツが話しかけてきてくれたためよく行動を共にしていたが、自分から話すことはほとんどなかった。大学の時にも似たような性質のヤツに話しかけてもらったので多分俺は「優しい体育会系」と相性が良い(単にそいつが優しくて誰でも話しかけてくれるだけとも言える)。
修学旅行では沖縄に1週間泊まったが、逆光のまま撮った首里城の写真1枚を除き何も残っていない。
なおその数か月後に首里城は大規模火災に遭ったためある意味貴重な写真にはなった。
このころのネットの活動とは言えばそんなに中学の頃と進展はなく、ニコニコメドレークラスタと主に交流していた。
何度もDTMをやろうと試みたのだが、その度に足掛け2年半、3回に渡りPCのデータが消失するという憂き目に遭い諦めた。その間スマホも2回ほど壊れたため(データは無事)、ヴォルフガング・パウリみたいだとよく自虐していた。
2020年、大学入学に。勉強はできないままなのでFラン。
心機一転友達を作る気でいた矢先、コロナ禍に襲われ2年間の自宅オンデマンド授業を余儀なくされる。
多分これで自分のエネルギーが大体抜けた。この2年間で何かした、という記憶が普通自動車免許の取得しかない。
あとはせいぜい「みんなで早押しクイズ」のランカーになったり企画部屋に参加したことくらい。とはいえこれによって初めてフォロワーの人と逢う経験をするなど、できた縁はそれなりに多いかもしれない。
修士1年になった際に他大学の学部1年生の授業の見学に向かったのだが(juryの大学に教えられる教授がいなかった)、「コロナ禍がなければこんなに実りのある授業をしていたのか……」と打ちひしがれた。単に努力不足な気もするが。
コロナ禍が明けた2022年に上京。気兼ねなく過ごすことができるようになり、特にこれまでの鬱屈から会話を求めて親しい人のDiscordに入り浸るようになる。
Twitterが日に日にかつて僕が嫌った2ちゃんねるの負の側面のように(中学の項目参照)陳腐化していったことも大きく、身内のコミュニティに引き籠ることを防衛手段として策定する。
この頃、音MAD界隈に興味を持つ。以前から相互の投稿者を通して動向は目に入っていたが、特に2018年開催の音MAD DREAM MATCHにより、従来の音MADの概念を覆された。 そこからしばらくラグはあったが、いくらか親しかったニコニコメドレー作者が大きく音MAD界隈に介入していることを知り、2023年開催の音MAD DREAM MATCH -天-を皮切りに音MAD作者をフォローし始める。 前後して、とある出来事がきっかけでよく絡んでいたニコニコメドレー作者と縁を切られる。このショックがあまりにも大きく、2023年は殆どツイートができなかったばかりか、今に至るまで暗い影を落とし続けている。
それなりに界隈でも名の知れた人であり、顔が広くアクティブかつに思想を発信できる人でもあるので本当にショックが大きい。多分人生で一番希死念慮が沸いたと思う。向こうから一方的に縁を切られただけなので、僕自身は未だに生産者としての彼は常に尊敬している。直接的なアドバイスも何度ももらったし。
このせいでなかなか音MAD関連のイベントに行くことに踏ん切りがつかず、土下座するし泥水啜るし血を流すから許してもらいたいところだが、そういう問題ではないのだろう。誰か助けてくれ。
2024年、大学院生に(修士)。
Fランだからか俺以外に修士の生徒はおらず、友達は延べ10年近くいないままとなってしまった。
ツイートやブログからも察せられる通りライトノベルを通したテクストの広がりについて研究している。いずれは音MADもその括りで論じてみたい。
これはライトノベル筆頭にゼロ年代オタクカルチャーを、社会背景にしか照らし合わせてこなかった論壇に対してのカウンター的意味合いが強い。
ライトノベルはエンタメ文学である、ということを忘れてはならない。
と尊大なことを言っているが、土台浅学なので先駆者には一向に敵わないし、研究者になることもないだろう。
そのほか、こんなナリでも栄光の過去を忘れていないのかみんなでわちゃわちゃやることが好きなので、Discordの音MAD作者クイズ鯖によくお邪魔し、界隈との繋がりも増えている。
今は音MAD関連のイベントに参加し、友達を作ることを最大の目標に掲げている。