ネットにおける「炎上」というワードを広めたのは山本一郎(切込隊長)だったか
インターネットクイズを作っていたら裏取りに追われることとなったのでついでにまとめ。ネットにおける「炎上」というワードを広めたのは山本一郎(切込隊長)だったという説がまことしやかに囁かれるが、それは事実なのか。
前提として、2ちゃんねるなどでは「炎上」という言葉が広まる以前では「祭り」と言っていた可能性が高い。
僕はリアタイをしていないから確証が持てないが、妥当性はある。「川崎祭り」や「吉野家祭り」など住人の熱が高まるイベントに使われるイメージが強いが、Winnyにおける流出事件など露悪的な行為も「祭り」と称していたので頷けはする。
また炎上と言えば、主に野球において投手が大量に点を取られることでもある。こちらの用法は当然野球chで多く用いられ、ネット用語としての「炎上」以前からそれなりに周知されていたと言ってよい。
後述する山本も野球愛好家であり、自らのサイトでも頻繁にプロ野球の呟きを行っていたことから多かれ少なかれ影響はあるだろう。
ここからはインターネット的には「自称ブラック企業アナリスト」としてちょくちょく目にする新田龍の記事を参考に。 新田によると、「炎上」とはもともとテキストサイト間の諍いとして生じたものであったという。その中で使用例として、著名なテキストサイト「斬鉄剣」の2002年のログを引用している。↓
「ヘタな自尊心を守ろうとするなら結局は灰も残らぬまで戦って消え去るしかないんだよね。最近はちょっと減ってきたみたいだけど、後のことを考えないで他サイト言及でもしようものならあっというまに炎上しちゃったりするんだよ個人サイトなんてさ」
閉鎖してるからなのか記事元にはリンクがなかったが、僕が改めて確認したところ確かに引用元と同一の発言があったので貼っておく。 テキストサイトにおいて管理人を大将とした此岸と彼岸の戦いはしばしばあった。特に斬鉄剣といえば「ネガティブアクセス剛掌波」と呼ばれる、敵性サイトに対して言及する文書の中にそのサイトのリンクを貼り、信者を流入させるという手段を用いたレスバ戦略が存在した。
従ってそのような合戦の渦中でネガティブな書き込みが生まれるという意味で、現代のネット用語としての炎上は用いられていたのだろう。
さて、タイトルにもある切込隊長(以下山本)が広めたとする説だが、新田のほかにもTwitter上などでもちらほら言及がある。
新田の記事では、「山本一郎氏が自身のブログにおいて、当時発生していた朝日新聞記者のブログへの批判殺到事件を『炎上』と称したところからであろう」とある。これは当時起きた「イラク邦人人質事件」に対し、自己責任論に基づいて拉致者へのバッシングが存在したことが背景にある。朝日新聞記者のブログはその風潮に対して反論したのだが、不用意に「津波の被災者とイラクの被害者は、本質的に違わない」と述べたところ非難の声が続出し、やがて過去の書き込みから朝日新聞記者であったことが露見し、「炎上」したという顛末である。
「自身のブログ」というのは時期的にも間違いなく、当時テキストサイトとして一目置かれていた「俺様キングダム」(アーカイブのリンクは後述のものを参照)だろう。
だが、2005/2/8にくだらない話の余波の中で「暇な時間ができたのを利用してネットを巡回していたら、くだらねえこと書いてる記者ブログを発見したため鼻歌気分でいい具合に燃やしに逝ったら見事炎上した。」と述べており、対象は朝日新聞の記者かつ、不用意に記者とわかる情報をブログに残すべきではないと言及している。そして「炎上」という言葉も2回出てきており、山本自らが炎上したことも見て取れるため、この件に関する言及であった可能性が高い。しかし、「イラク邦人人質事件」に準ずるワードはどこにも出てこない。 そこで、「俺様キングダム」の中で「炎上」に言及されている前後の記事を見てみよう。
少なくとも、山本はこの事態の前後の2004-2005年にかけて、現在の用法としての「炎上」を用いている。
タイトル・本文に「言及」が見られる記事の一例
この記事をもとに当時の2ちゃんねるのスレを照合させてみると、この小倉との一件が「炎上」を広めた可能性が高い。
この件に関する2005/2/10の2ちゃんねるの書き込み(>>104)を引用すればことの顛末はこうだ。1)にある「スマトラ自己責任記者ブログ炎上事件」が新田の言及していることであろう(米印は筆者の補足)。 1) スマトラ自己責任記者ブログ炎上事件について、(※小倉が)個人情報晒しは違法の可能性が高いと書く。
2)NHK問題で安部(※安倍晋三)が圧力をかけた可能性があると(※小倉が)書く。
3)朝日問題でNHKはテープを公開されると困るから圧力をかけている可能性があると(※小倉が)書く。
4)批判コメントに対して「ネガティブキャンペーンの押し売り」と断定して(※小倉が)削除。
5)退化論藤井ブログ炎上事件について(※山本が)「民主主義の敵」「器が小さい」エントリ発動。
6)民主主義の敵山本一郎いざ出陣←(・∀・)イマココ!
要するに、ネットのイリーガルなやり口に辟易していてかつ左傾化傾向があった小倉が、朝日新聞記者の一件を皮切りに極右の山本と正面切って対立、結果炎上したのである。「6)民主主義の敵山本一郎」とは、先ほどのこんにちは、民主主義の敵でございますにとも辻褄が合う。 さて、肝心の「炎上」というワードについてだが、>>104の書き込んだスレを見てみると、スレタイを筆頭に「炎上」という言葉が多用されている。確かに、山本が起こした一件がきっかけとなっている。 そしてもっと重要なのは、これ以前のログを見ても、2ちゃんねるにおいては現在の用法で用いられる「炎上」はほとんどスレタイにヒットしないことである。例えばリンクに置いた2004年のログを参照してみても、野球で用いられる炎上や、本来の意味で用いられる炎上としての用法しか見当たらないことがわかる。 さらにこの一件以降のスレタイを見てみると、年内には既にブログ関係のみならず、当時パロディ同人アニメ『MALIGNANT VARIATION』で有名だったサークル・AQUA STYLEに対してなど、一転して広い範囲で使われるようになっている。 最後に改めて「俺様キングダム」の動きも見てみよう。上記の一件以降「修正主義者とでも言おうか」その後2/15の小倉弁護士の弁解を読んでがこの件に関する際立った項目だが、いずれもコメント数を見るに膨大なアクセスがあったことがわかる。 なお、小倉は後に「炎上」と識別されるものとして、上記の件のようなネガティブアクセス剛掌波的な諍いを「コメントスクラム」と呼んだがこちらはあまり定着していない。そもそもテキストサイト自体が廃れこのような行為が見られなくなったのだからやむなしだが、いかに「炎上」というフレーズが印象的であったかを物語っているとも言えるだろう。 以上まとめ
「イラク邦人人質事件」のワードこそ出てこなかったが、朝日新聞の記者が起こした「スマトラ自己責任記者ブログ炎上事件」により、テキストサイトを含んだ個人ブログ間の諍いに発展、結果「炎上」した。
ここでいう炎上は冒頭で述べた斬鉄剣の件のような、「ネガティブアクセス剛掌波」を用いたブログ主とその読者同士の合戦に近しいものだった。
しかしこの一件が2ちゃんねるでヲチられたことによって、2ちゃん民にテキストサイトで用いられていた「炎上」というワードが知れ渡る。
結果、2ちゃんねるでも広まりなし崩し的に「炎上」が公の用語となっていった……というのが顛末ではないだろうか。
つまり、テキストサイト(個人ブログ)と2ちゃんねるという、当時のインターネットにおける2大テキスト産業の交錯が「炎上」の普及に一役買っていたというのが調査の限りの結論である。いろいろな意味でも。