謝罪しすぎているようで、実はぜんぜん謝罪していない
先日、とある飲食店に行った。これまでにも何度か訪れたことのあるお店。
店員さんは「順番が前後してしまい、たいへん申し訳ございません」と大きな声で何度も言う。そういや、前にきたときもこの台詞が繰り返されていたような気がする、と思った。きっと接客マニュアルに規定されている台詞なのだろう。店員さんは真面目にそれに従っているだけなんだ、たぶん。
「順番が前後してしまい」というのは、注文を入れた順とお料理が提供される順が、必ずしも一致しないということだ。メニューによって所要調理時間が異なるのだとしたら、ふつうに調理したらそうなるだろう。なにも悪いことはないように思う。だからぼくは、繰り返し放たれるその言葉を耳に受けて「謝罪しすぎなのでは?」と思った。
その一方で、逆に「謝罪する気なんてないのでは?」とも思った。そもそもお店は「注文順と提供順が一致しないことを悪いと思っているのか」と考えてみたけれど、おそらく悪いと思っていない。もし悪いと思っているなら、注文順と提供順を一致させる方針を採用すればいい。つまり、先に受けた注文を完遂させてから、次の注文を受ければいいはず。だけどお店はそうしていない。なぜか。提供までにお客さんを待たせる時間の総和を最小化する方針を採っているからだろう。ぼくがお店の責任者だとしたら、そうする。先に出せるものは先に出す、それだけだ。
お客は、お料理を早く受け取りたかったら、早く受け取れるメニューを頼めばいい。
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「ちゃんとしている風」について。
ぼくは別に、その飲食店の接客マニュアルに Pull Request を出したいなんて思っていない。あのお店では、そうやって謝罪している風の雰囲気をつくることで厄介なお客との間でのトラブルを未然に防いでいるのだろう。想像だけど、過去に注文の提供順に関してなにかトラブルでもあったのだろう。それで、先に謝っておこう、先に謝っておけば怒らせずに済む、とか考えてそうしているのだと思う。理解できる。
ほら、駅員さんたちもそうだ。「電車が遅れまして、」「お急ぎのお客さまにはご迷惑をおかけしまして、」「たいへん申し訳ございません」と何度でも言う。言っておくメリットが大きいのだろう。
各種プレイヤーがそうしているのは、きっといい感じに運営していくための知恵であり、工夫なのだろう。「ちゃんとしている風」という雰囲気はなにかを守ってくれるのだろう。「ちゃんとしている風じゃないと許さない」というお客が、残念ながらゼロではないのだろう。
ぼくから「そういうの、やめなよ」と無責任に言うことはできない。
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それでもぼくは「謝罪しまくっているようで、実はぜんぜん謝罪していない」という態度が好きではない、と言おう。これは好みの話。
https://gyazo.com/f3e6f20d7f4bfc4e33261bd92911de63
「次はどうする」を提示できない謝罪は、ほとんどの場合で、悪いとは思っていない形だけの謝罪なんじゃないかと感じる。とりあえず謝罪の言葉を並べておこう。ちゃんとしている風の雰囲気にしておこう。そんな気配を感じてしまう。
日本各地に存在するような飲食店や、公共交通機関の従業員のみなさんが、その組織のお仕事マニュアルに則って「謝罪している風」の言葉を連発するのは、あまりよいことだと思えない。多くの人の耳に何度も届いていくうちに、それが基準になってしまうんじゃないかと危惧するからだ。
先述したように、そういったマニュアルの類には、やたらとマウンティングしたがる厄介なお客を封殺する効果はあるのだと思う。だけれども、そもそも輩をつけあがらせることにも反対派なので、欲を言えば「うるせー、こっちは全力でやってんだ、文句があるならうちを利用すんな」くらいの態度でちょうどいいんじゃないかな〜と思う。ただまあ、それでトラブルに発展したときに矢面に立たされるのは現場の人なので、やっぱり無責任に「軽々しく謝罪の言葉を出すなよ」とは言えないか。
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「謝罪している風」「ちゃんとしている風」は、初対面の人が相手のときにはそれなりに効果的な手なのだろう。ぼくも、たとえばこれから取引先になるかもしれない人との最初のご挨拶では「お忙しいところ恐縮ですが」とか言っちゃったりする。相手がどれくらい忙しいかなんて知らんけど、もうこれはプロトコルだと割り切っておまじないとしてそういう定型句で会話を組み立てる。
ただ、何度もやりとりを重ねるような、家族とか、同僚とか、チームメイトが相手であれば、ちゃんとしている風の雰囲気に頼らずにやっていきたいと強く思っている。そんな「風」を演出するんじゃなくて、実のあるという意味での「ちゃんとしたやりとり」をやっていきたい。
特にお仕事では、1 週間で 10 の情報量しかやりとりできないチームと 100 の情報量をやりとりできるチームでは後者の方が圧倒的に強いはずなので、定型句を並べてコミュニケーションの密度を下げている場合ではないのだ。謝罪するときも、なにか情報を伝えるときも、きれいにデコレーションされたマニュアル通りの言葉を繰り出すのではなく、お仕事を前進させるための効果的で効率的な方法を意識的に選んでいきたい。
そうしないと、それを実践しているチームとの勝負になったときに勝てないと思っているからだ。
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