言葉の変化に対するスタンス
自然言語は自然の一部と捉えているので、同じ言葉でも時間の変化とともに使われ方が変化していくのは、良いも悪いもなく「そういう現象」と思って受け止めている。 変化の過渡期にいる間は、ある言葉が A という意味で使われたり B という意味で使われたりして意思疎通には適さなくなっちゃうから、その言葉の使用から遠ざかるってのもある。 一方、大きな力をもったプレイヤーが自身の利益のために言葉の使い方に変化を与えていくのは、自然のなりゆきの範疇をこえるケースもあると思って、そういうのは感心しない。ポッドキャストの配信プラットフォームを運営しているようなテクノロジ企業が「ポッドキャスト」という言葉のもともとの意味を知らないとは思えないので、特定のアプリケーションでしか再生できないような音声コンテンツを堂々とポッドキャストと呼んでくることについて、悪い印象を持っている。 いろいろやった副作用として地球の温度が上がっちゃったのは現象として仕方ないけれど、暑くなった方が我が社にとって都合がいいぜ〜と言って意図的に温度を上げようとしている企業がいたらイヤだな、みたいな話。そうなのか?