心をバリアフリーにしていく
ぼくの「バリアフリー」に対する認識が大きく変わったのは、この記事を読んだとき。2019 年 2 月。 バリアフリーにも種類があって、以前のぼくが捉えていたのは「ハードのバリアフリー」だけだった。段差がどうのこうのとか、そういうのね。でも今は「ソフトのバリアフリー」ってのもあると考えるようになって、それは「人が人を助けようとする上での、心理的な障壁」をいかになくしていくかってお話。 最近、自宅の最寄り駅では改修工事が行われていて、駅の入口から改札に行くためには、いつものルートが封鎖されているのでぐるっと迂回することになる。ぼくは「ああ、迂回すんのか」とほぼ無意識で受け入れて、いつもと比べてせいぜい 20 秒くらい長くなる通勤時間のことをなんとも思わずにいた。
今日の退勤のとき、その迂回路で盲目の人が困っているのを見つけた。ぼくは近くに行って「お手伝いしましょうか?ここ、段差がありますよ」と声をかけながら袖のあたりを掴んでいっしょに段差を降りた。「ここをまっすぐ行くと改札ですよ」と伝えると「ああ、改札はこっちなんですね」と返ってくる。そうか。ぼくにとってはなんてことのない迂回だけれど、駅構内を視覚なしで覚えている人からしたら、けっこう大変なことなのかもしれない。
30 代も半ばになって、だんだんと図々しく生きられるようになってきた。20 代のときと比べると、街で困っていそうな人を見かけたときにスッと手が伸びる。スッと声が出る。ぼくにはそれがうれしい。結婚したからってのもある気がしている。夫婦で行動していると、相手にそれほど警戒心を与えずに済む効果があるように思う。
ぼくはもっともっと、自分の心をバリアフリーにしていきたい。本当は動き出したいのに、止めようとしてしまう心の障壁。そういったバリアをひとつずつ取り去って、自由に、自由になっていきたい。ぼくが大好きな少年漫画の主人公たちのように、心が動いたときには体も動き出しているような、そんな人になりたい。もう、少年ではないけれど。