「なんでだろう?」といっしょに考える
とある大学の先生の嘆き。 学生は「結果」にしか興味がなく、「どうしてそうなるのか?」ということに関心がない、とのこと。小中高の教育が結果しか求めず、大学でリハビリやってる感じ、だという。なるほど。
昨日のこの書き込みへのコメントで、なぜ?どうして?と大人や先生に尋ねまくってウザがられた、という方が何人かおられた。「それはそういうものだからともかく丸暗記しろ」と言われてイヤになった、とも。
3~5歳くらいの幼児は、「なんで?」攻撃が盛ん。最初は好奇心盛んなことはよいことだと親も一生懸命教えるのだけど、あまりに頻繁で疲れてしまい、面倒になって「それはそういうもんだ」で切り上げるようになってしまう親御さんもいるようだ。
うちの子がこの「なぜなぜ」年齢であったとき、「毎日大変でしょう」と尋ねられたが「うちはあまり、なんで?とかどうして?とか聞いてこないんですよ」と言うと、驚かれた。というのも、うちの子が好奇心をもちあわせてないなら分かるが、異様に好奇心が強いタイプなことを皆さんご存知だから。
ではなぜ「なんで?」攻撃がなかったのか?それは、「なんでだろう?」と、親が一緒に考え込んでいたから。 なぜお風呂の鏡は曇るんだろう、と子どもが不思議がっていたら、親も一緒になんでだろう?と考え込んだ。そして「なんでもいいから、なんか実験してみよう!」と提案。
鏡をこすると、曇りがとれて水玉ができる。「くもりはどうやら水みたい」「じゃあその水はどこからきたんだろう?」と、また子どもと一緒になって考え込む。 何か発見したら仮説を立てては実験し、その結果を観察しては仮説を立て実験し。それを子どもと繰り返していた。
すると子どもは、親に聞いても仕方ないと思うようになったのか(聞いても何も知らないし、と思ったようだ)、自分で発見があったら仮説を立て、実験し、結果を観察しては仮説を立て、を繰り返すように。あまり親に「なんで?」と聞かなくなった。それよりは検証の結果をあとで報告してくれるように。
子どもの好奇心をそのまま伸ばし、けれど「なんで?」攻撃の嵐につきあう必要もない子育て方法としておすすめなのは、一緒に「なんでだろう?」と考え込むこと。すると、子どもは子細に観察するクセがつき、仮説を立て、実験する習慣が日常的に身につく。
うちでは、こうした「なんで?」を、ジャンル問わずに親子でやってる。なんなら夫婦だけでもやってたりする。何か発見があったら「なんでだろう?」と一緒になって考え込み、仮説を立て、実験することで仮説を検証する。それが我が家では日常のこと。
一緒に「なんでだろう?」と考え込むテクニックは、「なんで?」攻撃の頻度が大きく下がりつつも、好奇心はむしろますます盛んになり、かつ、仮説を立てては検証する試行錯誤を、自ら能動的に子どもが行うようになる、なかなかよい方法だと思う。 幼児をお抱えの親御さん、お試しあれ。