対談・談話2030年のパフォーミングアーツはどこに向かうべきなのか?(2021/01/17@台湾) 記事編集:新田幸生/翻訳:岩澤侑生子
2020年の新型コロナウイルス感染拡大により、世界各国では、国内のコロナ対策に取り組むほかに、続々と国境を閉じることで実際の往来が減少しました。人々の移動の減少率は、真っ先に文化芸術活動に衝撃を与えました。
コロナ禍の中、アーティストたちは現状に対応した様々なパフォーマンスの創作、公演、コミュニケーション形式を発展させることで、状況に適応しようとしてきました。
全世界のほとんどの場所で公演が中止となったのに対して、台湾では、著しく変化する状況の下、適切な医療資源の分配と、コロナウイルスの流行を上手くコントロールしたことにより、今のところパフォーマンス活動に影響がなく、「比較的」普段通りの生活環境が保たれています。
しかし、この稀有な快適さの中で、幅広い視野を持つ制作者たちは、このような現状に憂いと安堵が混ざり合った複雑な感情を抱えています。
この農閑期のような時に、世界と同じ歩みで産業あるいは生態系の転換について思考しようとしましたが、一瞬で状況が変わってしまいました。
過酷な労働に励む医療従事者や強力な医療体系、そして、制度に協力的で互いに支え合う台湾の人々に感謝する一方、それと同時に、全世界共通の苦難を台湾が共有できないことで、私たちがパフォーミングアーツの転換と未来について充分な動機を持つことができないのではないかと懸念しています。ですから、京都芸術大学との交流をきっかけとして、In.notesはパフォーミングアーツに関わる仲間と一緒に、十年後の文化芸術を取り巻く環境についてそれぞれの思いを語り合いました。
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将来の文化予算と支出のギャップを埋める方法がない
現在、台湾の芸術団体は依然として財団法人国家文化芸術基金会(国芸会)や文化部及び文化局などの助成金をあてにしています。しかし、創作団体が増加するにつれて、需要と供給のバランスは日ごと明らかに不釣り合いになっています。 In.notesは2014年第二期オンラインマガジンで「パフォーマンス団体は助成金を頼りにせずに運営を維持できるのか?」というテーマで話し合いました。それから今日に至るまで、自己資金及び助成金の比率の調整と分配に関しては、依然としてアーティストが向かい合わなければならない大きな課題となっています。
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例えば、2019年の給与統計調査によると、台湾では半数の人々の年収は50万台湾元以下で、中央値は49.8万台湾元、平均月給は4.2万台湾元である。その年の台北の中低所得世帯のラインは月給23,686台湾元だった。同年の文化芸術労働人口調査報告によると、半分以上の劇場労働者の平均月給は3万台湾元に達している。
2020年、全ての労働者の平均月給が41,538台湾元となり、21年に及ぶ長期的な賃金の低下は終結したものの、成長率は僅か1.7%に留まった。
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補助の現状についても、現在のシステムのほとんどは多様化したアートシーンとその発展に追いつくことができていません。多くの新しい作品や芸術団体は、対応するカテゴリーを見つけることができず、たらい回しにされるという現状が多く見受けられます。
資金源と市場を拡大するという二つの課題を共に進める一方、別の視点から、観客の所得が増えず、さらに減少さえしている現状を考えます。業界全体の営業利益に影響を与えないことを前提として、観客の入場料(チケット代)を下げることで観客動員と観賞意欲を向上させて、芸術活動への参加の敷居を低くすることができるでしょうか。
Performing Arts Network Development Association(PANDA)の理事長洪凱西(Kathy HONG)は、政府が発行している宝くじ、あるいはスポーツ宝くじ基金の利益(Lottery fund)を利用して、それらをパフォーマンス団体に補助することで観客のチケット料金を引き下げたり、プロジェクトの予算に補填できるかどうか提案しました。 例えば、イギリスの国家宝くじ(The National Lottery)は収入の20%を文化芸術の助成金として提供しなければならないと規定されています。そして、スポーツ宝くじが発行された初期には、台湾でもそのような議論がありました。しかし、残念ながら文化芸術関連部門の発言権が弱く、有力者の支持が得られなかったために、結局のところ、基金の分配についてのテーマの一つとして取り上げられることはありませんでした。
現在、2021年に生きる私たちがこの財源を獲得したいのならば、全ての業界の意見をまとめて、共に伝えていくことが必要です。政務の参考となるシステムと枠組みを備えた報告書を提出し、声をあげて話し合い、調整しながら、法律と規則に沿って少しずつ調整することによってのみ、効果的に次の段階へと進むことができるのです。
公的機関には、文化芸術の実際の運営について理解している人はあまりいません。より長い時間をかけたコミュニケーションと対話を経ることによってのみ、公務員である人々を、私たちの話をただ聞くことから協力することへの前向きな転換へ促すことができるのです。
台湾と比べて海外ではすでに宝くじ基金を文化の運用にあてている例が少なくありません。例えばイギリス、アイルランド、香港等です。しかし、国内でも同じような文化芸術の支援が提供できると期待する以前に、アーティストたちは、まず宝くじ基金の運用についての調査をしなければなりません。システムの詳細について初歩的な内容を理解し、相手の立場になって考えることができるようになって初めて、実際の法律の下で、どのように着手し進めることが可能なのかを提案することができるのです。
このような討論では、より多くの人々がこの提案を検討する必要があり、一定の時間を用いた調査、検討、分析のもと、全ての業界から集められた合意が、最初の一歩を踏み出す原動力に変わるでしょう。
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世代交代に期待、停滞している公開選考システム
2030年に向けたもう一つの議論では、政府機関における指導者の任命が注目を集めています。
台湾では、大きな施設やフェスティバルの組織を新設する場合、長期間の議論を重ねることで企画が成立します。ですから、アーティストは、新しい劇場や芸術祭の設立により、既存の環境に多様な変化とビジョンがもたらされることを期待します。
しかしながら、台湾の官僚システムにおいては、責任者(芸術総監督、会長、または理事会)を決める際に、任命制であってもオープンな選考を経た場合でも、ただ同じグループの中で役職が変わっているだけのようにみえます。
10年、20年、30年後と劇場が増えていくにつれて、市場と現場で育った人材が出世する機会が減っていくでしょう。一見民主的な選考システムの下で、異なる世代の人材が芸術界に留まり続けることは本当に可能でしょうか。また、新しい施設によって新しい変化はもたらされるのでしょうか。
2020年に台北表演芸術中心(Taipei Performing Arts Center)は公募で責任者を選出しました。選考の基準を知ることはできませんが、実際の発表をみれば、やはり十年前とほとんど同じ顔ぶれが並んでいました。結局のところ台湾のパフォーミングアーツ業界においては、相応しい人材を見つけることができないでいるのか、それともバトンを引き継ぐ勇気のある世代が不足しているのか、疑問を抱かずにはいられません。 台湾は行政法人化に力を尽くすのと同時に、専門家を採用するための門戸を開き、さらに芸術業界全般の異なる意見も受け入れて、より専門的で革新的な才能を持つ人材に「適材適所」の機会を与えることができるかどうか、アーティストたちはこの十年の変化を期待しています。
そのほか、4CHAIRS THEATREの芸術総監督である許哲彬(Tora HSU)は、リーダーの役割を担えるアーティストが不足していることを指摘しています。
近年、台湾では徐々に芸術監督とプロデューサーの役割が分かれてきています。
私たちはアーティストたちにより多くの機会を提供し、アーティストたちの専門的なビジョンを通じて、文化芸術に新しい視野や斬新で創造的な思考、方向性をもたらすことができるのでしょうか。そして、制作者を育成するためには、マネジメント能力や協調性や総合的な運営能力といった点に注目しなければなりません。仕事をする過程においては、もちろん芸術の知識とセンスが必要です。更に、優れたコミュニケーション能力やどのような人の話にも耳を傾けられる高度な寛容さがあれば、キュレーションやプログラムの細部を完璧にやり遂げ、アーティストと観客の懸け橋になることができるでしょう。
2030年の劇場に何かを期待するとすれば、全ての空間が異なる個性を持って形作られることでしょう。私たちは、新しい劇場で未来の新しいアートを形作ることの大変さを知っていますし、イメージとクリエーションの過程において、組織の明確な配置と事前の計画を持ち、未来のリーダーたちが同じ目標を引継ぎ、同じ方向を進み続けることが非常に重要だと考えています。
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「遴選」(註:中国語で「人を選ぶ」という意)の漢字には「慎重に選ぶ、シビアに選抜する、より優れた選択をする」という意味が含まれています。私たちは品格と能力を兼ね備えた人材を選抜する時に、ミドル世代にも出世の機会を与え、新しい語彙を生み出し、場を活性化したいと思っています。
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