地域づくりの新潮流
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地域づくりの新潮流―スローシティ/アグリツーリズモ/ネットワーク
・松永安光 徳田光弘
出版社: 彰国社(2007-09-01)
単行本: 241 ページ
ISBN-10: 4395010032
・イタリアでは、ローマのスペイン広場にマクドナルドが開店したことをきっかけに、イタリアの食文化を守るとの視点で、ファーストフードに対置したスローフード運動が始まったと言われています。1989年にはイタリア北部ピエモンテ州のブラ(Bra)にスローフード協会が設立され、現在ではイタリア国内で4万人、世界各国に8万人以上の会員を有する国際組織となっています。
・スローシティ」は、イタリアの小都市、オルヴィエト市、キアンティ市、ブラ市、ポスティアノ市など、スローフードに力を入れる街が、「質」「多様性」「感性」「楽しみ」といったスローフードの理念をまちづくりにまで広げようと1999年に結成した小都市が発信する率先運動である。グローバリゼーションがもたらす標準化、効率化によって失われている街の個性や固有の文化、生活のリズムを守る、または再び呼び起こす、という考えがこの運動の根本にある。参加できるのは、人口5万人以下の街で、登録後に「スローシティ憲章」に則ったまちづくりを自らに義務付ける。スローシティの度合いを測るための評価基準も設置され、環境保全のほか、市民の意識や観光、景観など多岐にわたる。現在イタリアをはじめ、スイス、クロアチア、ドイツなどから約100の自治体が会に加盟している。
生活の質を考えることから出発
・スローシティ運動は、特別に新しいものではない。ローカルアジェンダの名称を変えたものとも言える。世界各国で行われている持続可能な地域づくりという枠のなかの一運動と捉えてもいい。ただ特筆すべきものが一つある。それは、この運動が、一人一人の生活の豊かさを考えることから始まっている、という点である。
・豊かであるために必要なもの──。まず家の近く、歩いていける場所に生活必需品を手に入れることのできる店があること。車を持たない人やお年寄りの生活を支えてくれる。路地や広場、カフェテラスがあれば、近所の人や友人と街中で会話できる。街の近くにきれいな水が流れる川やたくさんの植物が生える野原があれば、散歩するのに気持ちがよい。老人たちが集える場所、若者が集まれる場所、子どもが遊べる場所も重要だ。農家の直売市場があれば、地域でとれた新鮮な野菜や果物が手に入る。小さな肉屋があって顔見知りになれば、肉の種類、生産者のこと、いろいろなことが聞ける。楽しくて、安心して買い物のできる生活だ。コンサート、劇、工芸市など、文化イベントがたくさんあれば、余暇の楽しみも増える。特に地域の文化に市民が触れる機会が多ければ、地域に対するアイデンティティが芽生える。
・こう考えていくと、おのずと環境、農業、中心市街地、福祉、文化などの施策に行き着く。このプロセスを市民のイニシアチブでやって、足りない部分を行政が手助けするのが、スローシティ運動だ。結果だけみると、他で行われているローカルアジェンダと同じかもしれないが、スタートがシンプルでわかりやすいところが目新しい。
・議論好きな人が多いドイツでは特に、市民参加による事業では、問題解決にターゲットを設定することが多い。代表的なものとして、原子力発電反対運動、車による大気汚染に抗議する運動などが挙げられる。問題を見つけて分析し、議論をしながらその解決策を探っていく。よく行われるプロセスだ。言い換えれば、ネガティブなものから出発している。その結果、参加者は、よほどその問題に関心を寄せる人か、根気強い人に限られる。
・これに対してスローシティは、「生活の豊かさ」という、ポジティブでみんなが共感できるものから出発する。よりたくさんの市民をまちづくり事業に取り込んでいくのに最適な「道具」だといえる。シュタインハルト氏が「盛り上がってきたローカルアジェンダをさらに加速させるために適していたのがスローシティだった」と言っているのはこの意味においてである。この点でスローシティは大きな可能性を含んでいる。
・「スロー」とは、ここでは、「注意深い」「心地よい」「豊か」という言葉に訳すのが適切だ。グローバリゼーションのもとで効率化され、スタンダード化されている私たちの生活や身の回りの環境を注意深く観察し、見直し、そして地域の文化や伝統的なライフスタイルのなかに隠れている「心地よさ」「豊かさ」をみんなで探し出そう。スローシティ運動は、私たちに貴重なメッセージを投げかけている。
引用
p197
評価と認証のシステム PDCAサイクルと家元制度
・イギリスのマンチェスター・ヒューム地区で行われている都市再生事業では10年間にわたって第三者による継続的評価が行われたと述べた。(中略)やはりヒュームで行われたように、できるだけ評価の頻度を上げて途中で事業路線の修正を行えるようモニタリングすることが効果的であろう。
・このような時に、よく使われるのがPDCAサイクルである。 Pは計画、Dは実施、Cは点検、Aは評価=改善を意味する。これは工業製品の品質向上を図るために有名なエドワーズ・デミングが唱えた手法で、このサイクルを重ねることで所期の成果に限りなく近づくことができると言われている。
・また、評価の手法としては、前記したとおり、目標数値のようなデータによる評価と、理念の達成度のような記述による評価があり、これらをどう組み合わせるかも検討が必要である。
・もうひとつ重要なのが、スローシティやスローフードに見られるような認証制度である。他の競争相手と差別化を図るために導入されるこれらのタイトルは、当然ながらそれを認証するシステムによって支えられてる。つまり認証する団体を組織して、認証基準を定め、継続的認証評価を義務付けることによってこの制度は永続性を維持できるのである。私はスローフード協会が冗談のような話から発足したのは事実としても、この辺の事情を実に戦略的に把握していることに感服した。これはまさに日本の茶道などのような家元制度なのである。これを成立させるには多くの賛同者を集める必要があり、出版物などによって周知徹底させると共に、授賞制度などによって自らの権威を高め得ると同時に外部への認知度を高めなければならない。
・このような戦略は古典的手法として既に周知のものであるが、スローフード協会は着実にこれを自家薬籠中の物(自分の薬箱の中にある薬のように、自分の思うままに使える物、または人。)として応用し、見事に成功した。侮り難いのは古典である。