マザー・ツリー
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戦に命を散らした若者、母熊を失った子熊、切り倒された木々・・500歳のミズナラの樹が、その身に起こった出来事を物語る。 主人公は、500年の長い歳月を生きてきた、1本のミズナラの樹。「昔々、私が権轟山の麓に生まれてから今日までこの目で見た、さまざまな出来事の物語でございます。その昔、隻眼の悲しい目をした世捨て人が、私のそばに庵を編みました。私の前で、勇敢に命を散らした若武者もおりました。船大工の辰吉も、山の少女ツキも、思えば哀しい心を抱いた人たちでした。母熊を失った子熊の哀れな鳴き声や、子を捨てた母親の嘆きの声は、今もこの耳に残っております。荒らされた山、汚された川、そして切られた木々、私の体には悲しみが刻まれているのでございます。年輪の一本、一本に・・。」ナチュラリストとして知られる著者が紡ぐ、母なる樹の物語。
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焼け跡に木を植える話が出た時、金吉は、松を植え直すよりも色々な木と灌木で地面を安定させる方が良いと、村の男たちに提案した。
まず、近くの森から細い枝を切り出し、それを焼けた場所の地面に広げて敷く。その後、村から運んだ茅を、またその上に敷き詰める。そして、粟、ヒエ、大麦のタネをばら撒く。すると、それを鳥がいつけてやって来る。大半の種は枝と茅の間に落ちて少し見えにくいが、それが大事なのだ。鳥たちは一生懸命に種を取ろうと絵だと茅の中を探すので、長い時間この場所に留まる。その間に糞を落とす。 その糞の中には、森の色々な木々や植物の種が入っている。鳥の胃腸を通過しなければ発芽しない種もあるのだ。鳥が木の種を撒いてくれる。また、枝や茅を置くことで土が流れやすくなっている斜面を守ることにもなる。鳥が啄み損ねた種も発芽すると他の生き物の餌になるし、鳥が落とした分の中にある種は、枝や茅が他の鳥やネズミなどに食べられないよう守ってくれる。 色々な木や灌木の林ができると、やがてリスやクマがやってきてどんぐりや木の実を落とすようになる。山の生きものの力を借りて新しい森ができるのだ。 この方法は、金吉が読んだ書物の中にあった。熊沢蕃山という江戸の武士が書いたものだ。