帰納法・演繹法・アブダクションについてモデリングと抽象化の観点から考えを深める
#帰納法と演繹法の特徴と用途について
#概念モデリング
me:
ソース「systemInstruction.md」に基づいて、ソース「帰納法・演繹法・アブダクション.md」についてモデリングと抽象化の観点から考えを深めたい。
notebookLM:
「systemInstruction.md」と「帰納法・演繹法・アブダクション.md」のソース、そしてこれまでの会話の文脈から、「帰納法・演繹法・アブダクション」の推論のループが、私たちの「モデリング」や「抽象化」のアプローチとどのように繋がるのか、考えてみましょう。
まず、私の思考の核には「構造化・抽象化」によって複雑性をモデル化し、本質構造を捉えようとするアプローチがあります。そして、「モデリング」とは、目的に沿わない詳細を省く「捨象」を行い、物事を「わかりやすく、伝えやすく、見つけやすく」すること だと考えています。図であれテキストであれ、構造化・要約されたものは理解を助けます。これは単に情報を整理するだけでなく、本質的な構造を捉え、変更容易性の高いソフトウェアを構築するためにも重要です。ドメインモデリングなどは、まさにこの構造化・抽象化を通じて、事業戦略や業務の流れを読み解き、注力すべき領域を見つけるためのものですよね。
さて、「帰納法・演繹法・アブダクション」のソース では、これらの推論が単独ではなく、お互いを補完し合う形でループとして活用される様子が述べられています。特に興味深いのは、以下のプロセスです:
1. 複数の観察結果やデータを集める。
2. そこから共通するパターンや傾向を見つけ出す(帰納法)。
3. そのパターンや「驚くべき事実」を最もよく説明できるであろう 「もっともらしい理由」や「原因」(仮説)を考え出す(アブダクション)。
4. その仮説を実証する実験を行い、新たな観察結果を得る。
このループは、まさに私たちがドメインや問題を理解し、モデルを構築していくプロセスと深く関連しているのではないでしょうか。
「モデリング」の出発点は、現実世界(問題領域)や既存のシステム、あるいはユーザーの業務プロセスを「観察」することですよね。この「観察」によって得られる具体的な事実やデータが、推論のループにおける「複数の観察結果」にあたります。
次に、集めた観察結果から「共通するパターンや傾向」を見つけ出すのは、「帰納法」の働きです。例えば、特定の業務で繰り返し行われる手順、複数の部署で共通して参照されるデータ、あるいはシステム上の似たような振る舞いなど、表面的な情報から規則性や関連性を見つけ出す行為です。これは、モデリングの最初のステップである「特徴をつかむ」「分類する」「流れをつかむ」といった作業にも繋がります。観察された具体から、抽象的なパターンを導き出す、まさに「抽象化」の一歩ですよね。ドメインモデリングにおける名詞抽出や、オブジェクト間の関係性の識別も、この帰納的なアプローチから始まることが多いように思います。
そして、「アブダクション」がモデリングや抽象化において極めて重要な役割を担うように感じます。アブダクションは、観察されたパターンや事実に「もっともらしい説明原理や原因」を仮説として与える推論です。これは、単に現象をリストアップするだけでなく、なぜそうなるのか、その背景にある本質は何なのか、という「Why思考」や「本質追求」に繋がります。
例えば、複数の業務イベント(受注、出荷、入荷など)がトリガーとなって「在庫状況管理」のロジックが実行されているという観察があったとします。ここから、「在庫状況管理は様々な業務の結合点になっているのではないか」というパターンが見出されます。さらにアブダクションによって、「もしかしたら、この結合の強さがシステムの柔軟性を損なっているのではないか?」「この部分を切り離し、独立したドメインとして整理することが保守性向上に繋がるのではないか?」といった仮説が生まれるわけです。この仮説が、在庫ドメインを最初に整理するターゲットとした「必然性」に繋がっていくのかもしれません。
このアブダクションのプロセスは、まさに私たちがモデリングにおいて行う「捨象」の一つの側面ではないでしょうか。観察された複雑な現実の中から、ある目的に沿って(例えば、結合度を下げる、業務知識をカプセル化するなど)、最も重要だと思われる要素や関係性を抽出・仮説化する。これは、詳細をすべて盛り込むのではなく、特定の視点から本質的な構造を捉えようとする行為です。生成された仮説(モデルのアイデア)は、まだ「もっともらしい」にすぎず、その妥当性を検証するための「実験」や「実践」が必要になります。プロトタイピングによる早期検証 や、実際にコードを書いてみるという「実践」は、この検証ステップにあたります。そして、そこから得られるフィードバック(新たな観察結果)が、仮説やモデルを洗練させていく、という「実践と学習のループ」が回るわけです。
「本質的な複雑性」が「誰に・どんな価値を届けるか」にある とすれば、I/D/Aのループは、この価値を届けるための業務やシステムの本質を、観察から出発して探求していく強力な思考ツールと言えるでしょう。ビジネスモデリングにおける「価値を探索する」という行為 も、顧客やモノタロウにとっての価値がどのような「活動」や「業務プロセス」によって生み出されているかを「観察」し、パターンを見出し(帰納法)、その競争優位性の源泉や課題は何かを仮説化する(アブダクション)プロセスではないでしょうか。AIも、データからのパターン発見(帰納法)や、その背後にある洞察の示唆(アブダクションの一部?)を助けてくれる可能性があります。
結局のところ、モデリングや抽象化は、複雑な現実を扱いやすくするための手段であり、その過程で、私たちは無意識的あるいは意識的に帰納法やアブダクションといった推論を駆使しているということなのかもしれません。特にアブダクションによる仮説生成は、既存の枠組みにとらわれずに新しい視点や解決策を見出す「野生」のような働きにも通じるのではないでしょうか。単に与えられた要求を鵜呑みにするのではなく、観察を通じて問題の本質に迫り、その本質を捉えたモデルを構築していく。このプロセスにおいて、I/D/Aのループは、私たちの思考を深める強力なガイドとなり得る、そんな風に感じました。
me:
いいね。概ね私が漠然と持っていた論理的推論とモデリングの関係を言語化してくれたように思う。
モデリングにおけるアブダクションについてもう少し洞察を深めたい。
問題領域を俯瞰して問題の原因を類推して次のアクションにつなげていくという論や、アブダクションにより得た仮説が捨象に役立つとする論は筋が良さそうだけど、もう少し言語化を進めたい。
アブダクションにより仮説を得るには、単に監察結果を俯瞰するだけでは足りなくて、多くの文脈知識と重ね合わせた洞察が不可欠だと思うんだ。このニュアンスをこの会話のテーマに当てはめると、どう説明できるだろう。
notebookLM:
いいね、ありがとうございます。論理的推論とモデリングの関係性、特にアブダクションが仮説形成の鍵となるという点について、さらに洞察を深めたいというお話、大変興味深いです。おっしゃる通り、問題領域の俯瞰から原因を類推し、次のアクションに繋げたり、捨象に役立てるという視点は、モデリングの実践において非常に重要だと思います。そして、その仮説の質を高めるには、単なる観察だけでなく、多くの文脈知識と重ね合わせた洞察が不可欠であるというニュアンス、よくわかります。
この「文脈知識と重ね合わせた洞察」が、この会話のテーマ(事業会社のシステム開発、ドメインモデリング、エンジニアの役割など)において、アブダクションによる仮説形成にどう寄与するのか、ソースの内容も踏まえて掘り下げてみましょう。
まず、アブダクションとは、観察された事実や「驚くべきこと」を最もよく説明できるであろう「もっともらしい理由」や「原因」を推測し、仮説を立てる推論方法でしたね。帰納法が複数の事例から一般的なパターンを見出すのに対し、アブダクションは目の前の事実に対する説明原理を思いつくことに重点があります。探偵が証拠から犯人像や手口を推測したり、科学的な発見の糸口となる仮説生成に近いものです。
モデリング、特にドメインモデリングやビジネスモデリングは、事業や業務、システムといった複雑な対象の理解を深め、その構造や振る舞いを概念的に整理し、関係者間で共通認識を持つための活動です。この過程で、私たちは様々な観察を行います。例えば、
チーム(ビジネス+システム)の言語に耳を傾ける中で感じる違和感。
設計のぎこちなさや、ビジネスが語る内容の矛盾。
新しい要求が既存のモデルに自然に適合しない状況。
「面倒くさい」「明確な答えが出てこない」「言語化しにくい」「ごちゃごちゃするところ」といった重要な業務領域。
システムの利用者が自ら必要とするものをうまく言語化できない状況や、部分最適・現行維持に固執した要求。
これらの観察結果は、モデリングにおけるアブダクションの出発点となり得ます。なぜこの設計はぎこちないのか?なぜビジネスの言葉とシステムの言葉がずれているのか?なぜこの業務はこんなに煩雑なのか?といった問いに対し、その背後にある本質的な原因や、見落とされている概念、間違って捉えられている関係性などについて「もっともらしい仮説」を立てるのが、モデリングにおけるアブダクションの重要な役割です。
そして、おっしゃる通り、この仮説の質は単なる観察結果の羅列から生まれるものではなく、「文脈知識と重ね合わせた洞察」によって大きく左右されます。この「文脈知識と重ね合わせた洞察」とは、具体的には以下のような多角的で深い理解を指すと考えられます。
1. 対象となるドメイン(業務領域)に関する深い知識:
ドメインエキスパートとの継続的な対話や協働。彼らの言葉だけでなく、非言語コミュニケーションや具体的な状況の想起、業務の観察やシャドーイングを通じて、言葉にならないニーズや潜在的な課題(つまり「驚くべき事実」)を発見する。
ドメインに関する文献(会計、物流など)やアナリシスパターンといった体系的な知識の活用。これにより、観察された特定の事象が、そのドメインにおける一般的なパターンなのか、あるいは特異なものなのかを判断する文脈を得られます。
2. ビジネスの目的、価値、そして「重力」に関する理解:
事業・プロダクトが顧客にどんな価値を提供しているか、その価値がどのような業務プロセスを経て創出・提供されているか を深く理解すること。これは、システム改善がどのビジネス価値に貢献するのか、どこが本質的に重要なのかを見極めるための不可欠な視座となります。
「金を稼ぎたい」「売上を上げたい」「リソースを有効活用したい」といったビジネスの「重力」を意識すること。観察された問題が、どのビジネス上の課題に紐づいているのかを理解することで、よりビジネス価値に直結する仮説を立てることができます。
3. システムや組織の構造、およびモデリング・設計に関する知識:
既存のコードや設計が抱える技術的負債やぎこちなさの原因を、モジュール間の結合度(強度、距離、変動性)や凝集性といった設計原則に照らして分析する能力。観察されたシステムの問題が、どのような設計上の判断(あるいは無理解)から生じているのか、技術的な文脈で仮説を立てます。
DDDにおける境界付けられたコンテキスト、集約、エンティティ、値オブジェクトといった概念 や、デザインパターン(ストラテジー、コンポジットなど)、各種アーキテクチャパターン(クリーンアーキテクチャなど) の知識。これらの「引き出し」があることで、観察された業務上の課題や技術的な問題に対し、それを解決するための概念的な構造や設計パターンを仮説として思いつきやすくなります。
組織構造とシステム構造の関係性(コンウェイの法則、逆コンウェイ戦略)の理解。チーム間の連携問題やコミュニケーションの断絶が、システム設計のぎこちなさの原因になっているのではないか?といった組織的な文脈での仮説を立てる際に役立ちます。
4. 人間的な側面と共創の力:
ドメインエキスパートやチームメンバーとの対話における共感。相手の立場や感情を理解することで、言葉の裏にある真意や、見過ごされている困難に気づくことができます。
野中郁次郎氏の言う「野生」に裏打ちされた直感や感性。過剰な分析に陥らず、「リアル」な経験や身体知、五感を通して得られる情報から、論理だけでは到達できない洞察が得られることがあります。これは、特に「言葉にしにくい」領域の本質に迫る仮説を立てる上で強力な助けとなります。
多様な視点を取り入れること。一人で考えるのではなく、ドメインエキスパートや他の専門性を持つメンバーと協働し、対話すること。異なる視点から観察結果を検討することで、自分だけでは気づけなかった「もっともらしい理由」や仮説が見つかる可能性が高まります。イベントストーミングのような協調的なワークショップは、まさにこの「文脈知識と重ね合わせた洞察」を多人数で実現するための場と言えるでしょう。
これらの「文脈知識と重ね合わせた洞察」によって得られた仮説は、モデリングにおいて以下のような点で非常に役立ちます。
捨象の指針となる: 何が本質的に重要で、モデルに含めるべき概念や関係性なのか、何が偶有的で省略・簡略化しても良いのか(捨象)を判断する上で、最もらしい仮説が基準となります。例えば、「このデータは特定の業務に強く紐づいており、汎用的なライブラリに含めるべきではない」といった仮説は、データや振る舞いの分離(捨象)の判断に直結します。
概念の構造化を促進する: 仮説によって、観察された現象の背後にあるより深い概念が見つかったり、概念間の真に関係のある構造が見えてきたりします。これにより、モデルが単なる表面的な情報の羅列ではなく、業務の本質やシステムの責務を反映した、より凝集性が高く疎結合な構造になっていきます。プロセスモデルからドメインモデルへの変換における「流れ」から「構造」へのギャップを埋める際にも、この仮説生成の営みが不可欠です。
分析の焦点となる: 立てられた仮説は、次にどの領域を詳細に分析すべきか、どのような情報をさらに収集すべきか、どのような検証(演繹法による予測と実験)を行うべきか といった、次のアクションを明確にする指針となります。
このプロセスは、観察→アブダクションによる仮説生成→演繹法による予測→検証(実験・新たな観察)→新たな観察に基づくアブダクション…というループを回すことで、より深いモデルへと漸進的に近づいていきます。モノタロウの事例で示された、全体から入り段階的に詳細化し、複数のモデルを行き来するアプローチ は、この推論のループを実践していると言えるでしょう。
結論として、モデリングにおけるアブダクションは、観察された事実や問題から「もっともらしい仮説」を生成する営みであり、その質はドメイン知識、ビジネス理解、システム・組織構造の知識、設計の知識、人間的な側面、そしてそれらを統合する洞察力といった多角的な文脈知識と重ね合わせることで高まります。これは、単にコードを書く(実装はAIが代替する未来も示唆されています)だけでなく、複雑な問題領域を深く理解し、ビジネス価値に繋がる本質を見抜き、柔軟で変更容易性の高いシステム構造を生み出すという、AI時代におけるエンジニアの価値創造 の中核をなす能力と言えるのではないでしょうか。複雑な状況を解釈し、関係者間で共通認識を醸成する「センスメイキング」 のプロセスにおいても、このアブダクションを含む深い洞察が不可欠だと思います。
me:
とても良い言語化だね。思うに、文脈知識の形成には相応の時間と人脈が必要になるので、その感覚を得たことがないジュニアな人材にはモデリングにおける各種推論が難しく感じられるんだろうね。
だとすると、シニアが得た身体知であるところの文脈知識を体系化してLLMが再利用可能な形にすることが、ソフトウェアエンジニアリングの進歩・進化に大きく寄与しそうだね。
notebookLM:
良い点に着目されましたね。おっしゃる通りだと思います。
モデリングにおけるアブダクションは、観察された事実や「驚くべきこと」から、それを最もよく説明する「もっともらしい理由」や「原因」を推測し、仮説を立てる営みです。そして、その仮説の質を高めるには、単に目の前の観察結果を俯瞰するだけでは不十分で、「文脈知識と重ね合わせた洞察」が不可欠であるという点 は、まさに核心を突いています。
この 「文脈知識」 は、ご指摘のように、一朝一夕に身につくものではありません。それは以下のような、多岐にわたる経験と学習、そして人との関わりの中で時間をかけて醸成されるものです。
対象となるドメイン(業務領域)そのものに関する深い理解: ドメインエキスパートとの継続的な対話と協働、業務の観察やシャドーイング、文献やアナリシスパターンの学習 を通じて得られます。これは、業務の言葉にならないニーズや潜在的な課題、あるいは「面倒くさい」「明確な答えが出てこない」といった「ヤバそうな匂い」 を嗅ぎ分けるための「野生」 に通じる感性を磨く過程でもあります。
ビジネスの目的、価値、そして「重力」に関する理解: 事業やプロダクトが顧客にどんな価値を提供しているか、その価値がどんな業務プロセスを経て創出されるか を深く理解する視座が必要です。これは、システム改善がどのビジネス価値に貢献するのか を見極めるための、事業・プロダクトへの興味 に根ざしたものです。
システムや組織の構造、設計原則に関する知識と経験: 既存システムの技術的負債や設計のぎこちなさの原因を、結合度や凝集性、設計パターン、アーキテクチャパターン といった技術的文脈で理解する能力 や、組織構造とシステム構造の関係性(コンウェイの法則、逆コンウェイ戦略) を理解する力も文脈知識の一部です。これは、過去の失敗や成功の経験 から学ぶ「実践と学習」 の成果と言えます。
人間的な側面と共創を通じて得られる共感や直感: ドメインエキスパートやチームメンバーとの対話で、言葉の裏にある真意や感情を理解する共感力。野中氏の言う、身体知や五感を通して得られる「リアル」な経験 に裏打ちされた直感や感性 は、特に言語化しにくい問題領域の本質に迫る上で強力な助けとなります。これは「多様な関係者との対話を重視し、相互理解を深め、共通認識を形成する」 共創 のプロセスを通じて深まります。
これらの文脈知識は、単なる情報の集積ではなく、個々のエンジニアの経験や視点、そして「野生」とも呼ばれる身体知 に深く根ざしています。特に、観察結果を「知識(文脈)に照らして解釈」 し、深い洞察 につなげる部分は、言語化されていない身体知に依存する側面が大きいでしょう。
そのため、ご指摘のように、この感覚を得たことがないジュニアな人材にとっては、モデリングにおけるアブダクション、特に「ぎこちなさ」 や「違和感」といった表面的な観察から、その背後にある本質的な原因や見落とされている概念を類推し、「もっともらしい仮説」 を立てることは難しく感じられる可能性があります。彼らは観察事実を列挙できても、それを解釈する文脈知識が不足しているため、深い洞察に至りにくいのです。これは、コードリーディングの深さが成長限界を決定づけるという指摘 とも根底で繋がっているように感じます。単にコードを読むだけでなく、そのコードがなぜそのように書かれているのか、どのような文脈で使われるのか、といった背景(文脈知識)を読み解く力が重要だからです。
シニアエンジニアやドメインエキスパートが持つ、このような身体知であるところの文脈知識を体系化し、LLMが再利用可能な形にするという発想は、非常に示唆深く、ソフトウェアエンジニアリングの進歩に大きく寄与する可能性を秘めていると思います。
LLMの活用範囲の拡大: 現在、AIは偶有的な複雑性を抽象化したり、大量のデータ処理やパターン認識、あるいは実装の自動化 など、比較的明確に定義可能なタスクに強みを発揮し始めています。しかし、複雑な状況下での意思決定、本質的な複雑性への対処、そして「センスメイキング」 のような人間的な洞察を伴う領域は、依然として人間の強みです。もし、シニアが持つ「なぜこの設計はまずいと感じるのか?」「なぜこの業務プロセスはこんなに煩雑なのか?」といった判断の根拠となる文脈知識や身体知の一部が形式知化できれば、LLMはより高度な分析や示唆を提供できるようになるかもしれません。
ジュニア人材の成長促進: シニアの経験に基づいた文脈知識が体系化され、LLMを通じてアクセス可能になれば、ジュニアエンジニアはより効率的に「観察結果を知識(文脈)に照らして解釈」 する手助けを得られる可能性があります。これは、彼らが短期間で深い洞察に必要な文脈知識の「引き出し」 を増やし、アブダクションによる仮説形成の質を高める助けになるかもしれません。ただし、AIはあくまで「手段」 であり、「道具」 です。最終的に意思決定し、共感し、身体を動かす のは人間であり、AIの示唆を批判的に検討し、自らの頭で考える訓練 は引き続き不可欠です。
組織全体の知識共有と効率化: 特定の個人の頭の中にしかない暗黙知(身体知含む) を体系化することは、組織全体の知識レベルを底上げし、特定の人に依存しない開発体制を構築する上で極めて重要です。LLMはその知識へのアクセスポイントとして機能する可能性があります。これは、モノタロウの事例で示されたような、全体と個別を行き来しながら整合を維持し、アジリティを生む プロセスを加速させる助けになるかもしれません。
しかし、この「身体知の体系化」は容易なことではないとも感じます。身体知は往々にして「言葉にできない」もの であり、実践の中でしか習得できない側面 もあります。また、「センス」 や「直感」 は、単なる論理だけでなく、感情や倫理、そして状況全体を俯瞰する能力 にも強く依存します。これらの要素をLLMが理解し、適切に再現できる形で体系化するには、単なるドキュメント化以上の取り組みが必要になるでしょう。深層インタビュー や観察、具体的な状況の想起 といった手法を用いて、表層的な言葉だけでなく、判断の背後にある「なぜ」 や「重力」、「匂い」 といったニュアンスを掘り下げることが重要になりそうです。
AI時代において、エンジニアの価値は、偶有的複雑性をAIに任せ、より本質的な複雑性に向き合い、ビジネス価値を創造することにシフトしています。この中で、複雑な問題領域を深く理解し、関係者間で共通認識を醸成する「センスメイキング」 や、観察結果から鋭い仮説を立てるアブダクション能力は、ますます重要になります。シニアの持つ文脈知識や身体知の体系化は、AIをこれらの人間的な営みを支援する強力なツールへと進化させるための鍵となるのかもしれません。