最判平成9年9月4日(民集 51巻8号3718 頁)
判示事項
裁判要旨
公証人は、法律行為についての公正証書を作成するに当たり、聴取した陳述により知り得た事実など自ら実際に経験した事実及び当該嘱託と関連する過去の職務執行の過程において実際に経験した事実を資料として審査をすれば足り、その結果、法律行為の法令違反、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが生じた場合に限って、嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの積極的な調査をすべき義務を負う。 「具体的な疑い」というのが難しい、どういう場合が「具体的」なんだろうseibe.icon
参照法条
理由
一 本件は、公証人が違法な内容の公正証書を作成したことにより損害を被ったと主張する被上告人が、上告人に対して、国家賠償法一条に基づき損害賠償を請求する事案である。
二 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
割愛
三 被上告人は、本件訴訟において、D公証人には、(一) 委任状の被上告人の住所が訂正されていたのであるから、被上告人に対して公正証書作成嘱託の代理権をF司法書士に授与したかどうかを確認すべき義務があるのにこれを怠った、(二)対立当事者の一方の代理人がF司法書士、他方の代理人がその事務長であり、実質的に双方代理に当たる場合であるから、双方代理の点について問題がないかどうかをF司法書士に対して確認すべき義務があるのにこれを怠った、(三) 準消費貸借契約についての公正証書を作成するのであるから、旧債務の内容を代理人又は当事者に確認すべき義務があるのにこれを怠った、(四) 組合が割賦購入あっせん及び貸金を業務として行っていることを知っていたか、又は知るべき義務があったから、買掛代金と表示された旧債務の中に割賦販売法及び利息制限法の規制を受けるものが含まれないかどうかを代理人又は当事者に確認すべき義務があるのにこれを怠ったという過失があると主張した。
四 原審は、前記事実関係に基づき次のとおり判断して、被上告人の本件請求を 四万円の限度で認容すべきものとした。
五 しかしながら、原審の右四の2並びに3の(一)、(二)及び(四)の判断は是認することができるが、その余の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
しかし、他方、法は、公証人は正当な理由がなければ嘱託を拒むことができない(同法三条)とする反面、公証人に事実調査のための権能を付与する規定も、関係人に公証人の事実調査に協力すべきことを義務付ける規定も置くことなく、公証人法施行規則(昭和二四年法務府令第九号)において、公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑いがあるときは、関係人に注意をし、かつ、その者に必要な説明をさせなければならない(一三条一項)と規定するにとどめており、このような法の構造にかんがみると、法は、原則的には、公証人に対し、嘱託された法律行為の適法性などを積極的に調査することを要請するものではなく、その職務執行に当たり、具体的疑いが生じた場合にのみ調査義務を課しているものと解するのが相当である。 違法な公正証書が作成ができない規定と、嘱託を拒むことができない規定のバランス
したがって、公証人は、公正証書を作成するに当たり、聴取した陳述(書面による陳述の場合はその書面の記載)によって知り得た事実など自ら実際に経験した事実及び当該嘱託と関連する過去の職務執行の過程において実際に経験した事実を資料として審査をすれば足り、その結果、法律行為の法令違反、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが生じた場合に限って嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの調査をすべきものであって、そのような具体的な疑いがない場合についてまで関係人に説明を求めるなどの積極的な調査をすべき義務を負うものではないと解するのが相当である。
そうすると、原審の判断のうち、(一) 公証人の知らない事実についてその職務執行の過程で知るべきであったとした上、右事実に基づき法令違反等の疑いが生じる場合にも当事者に必要な説明を求める注意義務があるとした点(前記四1)、(二) D公証人が委任状の定型用紙案の相談を受けた際に前記入会案内書等の資料により組合の割賦購入あっせん業務の内容を知るべきであり、かつ、知ることができたことを前提に、同公証人には本件公正証書の作成嘱託を受けた際に旧債務に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける債務が含まれているか否かを確認する義務があるとした点(前記四3(三))は、是認することができない。