私とIR(その1)
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はじめに
Tokyo Techの森です。情報活用IR室という組織で、学内IRの推進を行っています。Tokyo Techというのは、東京工業大学のブランド名です。 かれこれ13年ほどこの仕事に携わっていますが、私からのコラム記事の提供で、なにをテーマにしようかと考えているうち、あれよという間に時間が経ってしまいました。すでに活動を開始したIR協会の発起人の一人であり、研究発表の場としてのMJIR、学術的な国際会議であるDSIRなどを始めたのはこの私です。また、ここ3年間の活動として、研究者のPID(永続的識別ID)のデファクトとなりつつあるORCIDの日本コンソーシアムの設立にも携わっています. 本来のIRの仕事に注力すれば良いのに、なぜこのようなことを手がけるようになったのかについて書き残しておいても良いかなぁ、と考え、これをテーマの一つとしてコラムを投稿したいと思います。とりあえず、まずは私がこの仕事に就くまでの経緯をお話しします。少しお付き合いください。
IRにかかわるまで
平成18年9月まで、私は九州大学のシステム情報科学研究院という情報科学を専攻する研究者(助手)でした。もとの出自は数学科で、大学院博士課程で情報学に転向してきました。助手時代は情報学における研究活動とはいえ、伝統的な学術コミュニティで生活しておりました。テーマは理論的な分野(数理論理学)で、最初のうちは意欲を持って研究に従事しておりましたが、少々浮世離れした研究テーマであったこともあり、博士後期課程を学位取得せずに退学し、部局のサーバの管理を主担当としてしばらく生活していたのです。
学位取得の機会を逃してしまったため、結局10数年あまり異動もできずにおりました。そうこうしているうち、組織改組が迫ってきて、学位のない私はそこに居づらくなってしまった上に、学位の準備ができない私を、当時の担当教員も実質的に見放したような形になっていました。しかし、一方で親切な方々もいらっしゃって、その方々の勧めに従って部局から支援組織である大学評価情報室という部署に異動しました。ここは任期付きのポストでしたので実質的には降格でしたが、大学評価の実データを使って、今でいうデータサイエンスっぽいことができるのではないかと思ったのです。これまでの抽象的なテーマから、具体的な実世界の問題解決をする研究ができれば、学位のテーマにもなりやすいかと、その後、新たに私の指導教員となっていただいた廣川佐千男教授(九州大学)も私を激励してくれました。
九州大学の情報系の教員の特徴と言えるのでしょうか、積極的に大学の運営、特に情報基盤や情報流通について関わる方が多くいらっしゃって、私もそれが自然な働き方であると、大学評価の仕事以外に、IRの業務にも参画していったわけです。
データの威力を知る
国立大学の法人化や認証評価の実施に伴い、大学評価という新しい業務が生まれました。教育、研究、社会貢献、それに加えこれらの活動を点検・評価し、自らの改善を行うこと、今でこそ当たり前に思われることですが、当時は誰もが必要性は感じながらも、どことなく消極的な関わり方が多かったのではないかと思います。なんとなくそういう雰囲気が漂うところで仕事を続けるのが嫌で、私はなんとか空気を変えたいと常々思っていました。
九州大学は総合大学ですが、理系が多いのでデータを分析して示せば、評価委員の先生方は評価を前向きにとらえてくれると思い、まず、研究者情報データベースのアクセスログ分析から手をつけました。もともと、ウェブに関連するデータ分析には関心があったのと、研究者情報データベースの管理運営は、私の第一のミッションであったことがきっかけです。当時出始めのGoogle Analyticsを使って海外からの国別のアクセス傾向について分析しました。
https://gyazo.com/89fa93c752d63bbd91905293990be5b9
横軸は1回のアクセスでどれくらいのページを閲覧しているか、縦軸は直帰率で検索エンジンから遷移してきて1ページだけ見て閲覧をやめている確率です。一つの点が一つの国からのアクセス傾向を表しています。これらのパラメータは依存しているので、相関関係は予測できるのですが、問題はその国の在る地域です。明らかにアジアと欧米では傾向が異なっています。このデータベースは一つのページに一人の研究者の情報が掲載されていたので、欧米の傾向としては特定の研究者を目的にしたアクセス、アジアの傾向はあちこち見て歩くアクセスであることがわかります。
このことは大変興味を引く事実でした。実際、アジアからの留学希望者と思われる人々から、研究者情報データベースの問い合わせ(システムに関することのみ)窓口に、研究室への留学希望の問い合わせがよくきていました。研究者情報データベースは、教員(研究者)が単位となってウェブページが構成されていたので、留学希望の問い合わせができると勘違いされていたようです。
一方で、欧米からのアクセスはどうして特定の研究者を目指してやってくるのでしょうか。このアクセスをする傾向を持つ利用者というのは、九州大学の研究者が書いた論文を読んだこの地域の研究者だと思われます。一般に研究者が関心を持つのは、研究結果とそれを成し遂げた研究者(名)なのです。実は、九州大学の研究者情報データベースは特殊な検索エンジンを使用しており、そのため早くからGoogleやYahooなどに対するSEO対策が整っていました。九州大学の研究者名で検索すれば、このデータベースの当該研究者のページが検索結果のトップに顕れていて、欧米のどの国からも特定の研究者のみを目的に閲覧にやってくるといった状況が顕れていたのでしょう。
このような研究者情報データベースのアクセスログ分析を、評価委員会で報告したところ、出席の委員からはかなりの良い反応があり、評価は大学の可能性を客観的に見ることのできる取り組みの一つであるという認識を広げることができたとおもいました。
このように、データは実態を如実に顕す、ということが実感され、それと同時にデータの偉大さ恐ろしさも痛感し、ますますIRという仕事に惹かれて夢中になっていったのです。
(つづく)
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