出身大学別年収ランキングと費用便益分析
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はじめに(言い訳)
ちょっと遊んでみた程度の内容です。ご了承ください。
出身大学別年収ランキング
同サイトによると対象のデータは以下のとおりだそうです。
集計期間内にOpenWorkへ登録のあった年収及び出身大学データのうち、50件以上データのあった大学100校、18651人を対象データとしています。大学院は除外し、各大学出身者の年収と年齢の分布から30歳時想定年収を算出しています。(集計期間:2018年3月~2019年7月)
もちろん、こちらのデータはOpenWorkに登録した方のデータということなので、主に転職を考えている方の回答ということでも偏りがあるでしょうし、実際の各大学卒業生の30歳時年収をどこまで正確に推定できているのかは不明です。しかし、大学ごとの卒業生の年収のデータはなかなか手に入らないので貴重で面白いデータです。 卒業生の年収の高い大学の特徴(回帰分析)
それでは、卒業の年収の高い大学の特徴とは何なのでしょうか。もっというと、どのような変数が卒業生の年収に影響を与えているのでしょうか。
てきとーに思い浮かべてみると、
① よりよい教育を行っている大学は卒業生の年収も高くなる傾向があるかもしれない。
② 入試難易度の高い大学は、そもそも入学生の能力が高いので卒業生の年収も高くなるかもしれない。 ③ 学生人数の多い大学は各方面に卒業生が多く、就職に有利に働き年収も高くなるかもしれない。
④ 日本では(社会的差別や制度の結果からか)性別により年収に差がでているようなので、男子学生比率の高い大学の方が卒業生の年収の平均も高くなりやすいかもしれない。
といったことが考えられます (*2)。
そこで、何か似たようなデータをてきとーに集めて回帰分析をしてみました。本来卒業生の年収を推定するならその卒業生が大学で教育を受けていたときのデータを集めるべきですが、今回はどの時点での30歳の年収を推定しているのかもわからないので、てきとーに手に入りやすい年次のデータを集めました。 ①については、THE日本版2019の”教育リソース”の値を使ってみます。 THE日本版の教育リソースはランキングの34%を占めていて、 学生一人あたりの資金(8%)
学生一人あたりの教員比率(8%)
教員一人あたりの論文数(7%)
大学合格者の学力(6%)
教員一人あたりの競争的資金* 獲得数(5%)
がその内訳となっている値です。いい教育を行っているかどうかではなくて、いい教育リソースを持っているかどうかの参考の値ですが、わかりやすいので入れておきます。
「大学合格者の学力」が含まれているので②の入試難易度と相関し、多重共線性を持つので問題がありますが、お遊びなので無視してしまいます。
ⅰ. 基本的にはどの学部等でもその大学で最高の値となる偏差値を取ってくる。 ⅱ. 国公立の場合は文系前期⇒文系(中期・後期他)のカテゴリの順に探していき、最初に登場するカテゴリで最高の値を取ってくる(ただし、大学名から明らかに理系メインの大学であることがわかる大学については理系前期のカテゴリから検索)。 ⅲ. 私立の場合は、文系私立のカテゴリの順に探していき、最初に登場するカテゴリで最高の値を取ってくる(ただし、大学名から明らかに理系メインの大学であることがわかる大学については理系前期のカテゴリから検索)。 入試難易度については、入学した時点でのその大学の学生の基本的学力の値として使用したいのですが、そこにも問題があります。そもそも、何故その大学の入試難易度が高くなるかと考えれば、その大学がよい教育を行っているからであり、その大学の卒業生が社会で活躍しているからといった理由からその大学が優秀な受験生を集めていて、その結果として入試難易度があがっているという因果関係も当然無視できません。そのためきちんと回帰分析をするなら、時系列のデータを用意して、入試難易度を被説明変数とした推定式も用意して、2段階最小二乗法などで対応しなければいけないかもしれません。でも今回はお遊びなので無視してしまいます。 ③、④については手に入る学部学生数のデータを使用しています。
要らぬご迷惑をおかけしてもいけないので、平均値と標準偏差だけ記載しておきます。
table:使用したデータの変数とその平均値・標準偏差
変数 平均 標準偏差
30歳時平均年収 626.5 59.8
教育リソース 61.5 14.5
入試難易度 66.8 3.7
学部学生数 13,795.0 9,230.1
学部学生男子比率 64.1 13.3
N=30
回帰分析の結果は以下のとおりです。robustの方の標準誤差はwhiteの修正をしています。
https://gyazo.com/0109a80aae62a31da3ed54112e7e1a44
前述の通り、そもそも問題だらけの回帰分析ですが、そのまま解釈してみると次のようになります。
THE日本版の教育リソース が1あがると、卒業生の30歳時平均年収が1.1万円あがる。
入試偏差値が1あがると、卒業生の30歳時平均年収が14.9万円あがる。
(もともこもないですが、逆にいうと教育効果で年収が15万円くらいあがるくらいの改善をしないと入試偏差値は1あがらない?)
男子学生比率が1%ポイントあがると、卒業生の30歳時平均年収が1.5万円上がる。
(日本が女性の方が社会で活躍しにくい世の中だから?)
学生数が1%上がると、卒業生の平均年収が38.7万円下がる。
(他が同じ位のレベルなら小規模大学の方が年収の高い人が多い?)
この解釈はもともと分析するにあたって用意したデータも正確でなければ、分析方法も適切でないのでそもそも信用できませんが、しっかりしたデータを用いて分析できたら面白そうです。
また、この回帰分析から得られる30歳時想定年収の推定値と観測値の差を取ってみると以下のようなグラフができます。
https://gyazo.com/878c0c67a3cb61e66818e246b82c2885
きちんとしたデータを集めてきちんと分析をしてきちんとした推定値を求められたら、推定値と観測値の差を見て、「この大学は教育リソースや入試難易度等か予測される30歳時推定値と比べて、実際の30歳時年収が高いので、他の大学と比べてうまく教育リソースを使えているのかもしれない」とか何か差が大きい理由を考えてみるのも面白いのかもしれません。
公財政支出に対する説明責任
しかし、公財政支出としてその評価をするのであれば、費用便益分析という方法も有力な方法です。この場合の便益とは決してただ単純にどれだけ収入が増えたかというだけではなく、市場で直接やり取りされないような社会厚生に与えた価値についても金銭換算します。 大学が社会厚生に与える便益なんて多種多様で羅列するだけでも大変そうですが、
大学教育で学生の能力があがり、優秀な人材を輩出することで社会厚生に貢献 大学教育で豊かな教養を身につけることで、QOLが上がり社会厚生に貢献 研究成果により経済成長に影響を与えたり、豊かな教養を育むことで社会厚生に貢献 学生をその地域に集めることで、地域経済や地域社会に好影響を与え社会厚生に貢献 大学や学生の行う直接的な社会貢献活動で社会厚生に貢献
学生の行うスポーツ活動、芸術活動などで社会に貢献
などなど挙げていけばきりがないかもしれません。
その中でも比較的わかりやすいのが、大学教育による卒業生の所得向上による税収増などの効果をみるものです。国立教育政策研究所が平成26年に教育再生実行会議に示した資料(*3)によると、 ① 税収増加額+失業による逸失税収抑制額
② 失業給付抑制額
③ 犯罪費用抑制額
を便益とし、費用を国公私立への公的教育投資額とすると、便益/費用は約2.4となるそうです(*4)。
税収に対する効果だけしか考慮しなくても、公的教育投資は“元が取れる”投資であることがわかっているので、もうそれだけで公的教育投資の価値を示すには十分な気もします。
あとは、もし、大学別の卒業生の所得に関するデータがきちんと揃えば大学別にこのような計算ができ、個別に各大学についても試算できるかもしれません。ただ大学への公的投資の必要性をアピールする目的としてだけでなく、各大学の教育効果を、こういった一面から確認することも面白いと思います。 ただし、先に挙げたように大学が社会厚生に与える影響はこのような税収増の面だけではなく、研究の成果など多種多様な面で社会に便益をもたらしているでしょう。例えば教員養成系の大学で地域の公立学校に勤務する卒業生が多いような大学であれば、卒業生の所得は高めには出にくいかもしれません。しかし、当然地域社会への貢献は非常に大きく、所得や所得増による税収増の面だけでその教育価値を測定しようとすることは到底できないと思います。
そのため、大学が多面的に社会に与える便益についてきちんと推定し、費用便益分析ができたらそれに越したことはないと思います。実際問題やろうとしたら難しいと思いますが、それらの多面的な便益について、支払意思額(大学の様々な社会に与える便益についてそれを享受するのにいくら支払う意思がありますか?)や受入補償額(大学の様々な社会に与える便益についてそれを失うとしたらいくら補償が必要ですか?)の考え方をうまく用いることができれば、費用便益分析ができるかもしれません。
各大学のIR担当部署などもそのうち費用便益分析などを行い大学への公的投資の価値を示していくことが求められていくのかもしれませんね。 それで価値を示せても、それに見合った公的投資が得られるようになるかどうかはまた別の話なのかもしれませんが、少なくとも理論武装をしていかなければいけない趨勢なのかもしれません。
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(*1) この内容は私個人の見解であり、所属組織の見解ではありません。
(*2) もちろん他にも、きちんと卒業生の年収を推定しようとしたら、そもそも「大学」というくくりで考えるより学部・学科で考えなければいけないとか思います。将来の職業に直結するだろう医学科や看護学科や教員養成課程は職業別の平均年収が大きく影響するでしょう。また、学部・学科のキャンパスの所在地も同じ大学でも東京にもあるし、他の県にもあるしという場合もあると思いますが、就職もそのキャンパスの所在地でするという場合には地域別の年収も影響するでしょう。また、もちろんその時その時の景気によっても年収は変動するでしょう。しかし、今回は被説明変数としては公表されている大学別の年収で、時系列のデータでもないので、比較的手に入りやすい説明変数を選んで遊んでみました。
(*3) 国立教育政策研究所, “教育の効果について~社会経済的効果を中心に~”(教育再生実行会議第3分科会資料), 平成26年12月3日
(*4) 30年3月には東北大学が費用部分にも割引現在価値を適用されたり、社会保険料を加えた税額を算出したり、消費税率を10%にして税額を算出した場合などを考慮しても公的教育投資は十分な効果が見込まれるとして報告書を出しています。
国立大学法人東北大学, “平成29年度教育改革の総合的推進に関する調査研究~教育投資の効果分析に関する調査研究~ 調査報告書”, 平成30年3月