全学的なIRの浸透と活用の事例紹介
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1.IRの定義と取り巻く環境・現状
高等教育業界では、文部科学省の答申で2008年にIRが初めて紹介されIRが注目されるようになり早10年以上の月日が流れた。直近では、2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)(文部科学省 中央教育審議会 平成30年11月26日)や教学マネジメント指針(文部科学省 中央教育審議会 大学分科会 教学マネジメント特別委員会 令和2年1月22日)でもIRの重要性が述べられており、今後IRの重要度や必要性は益々高まっている。 IRが注目されるようになり、学内外でのIR関連のセミナー・シンポジウム・研修会の実施は各地で行われており、筆者もIR担当者として数多くのセミナー等に参加した。セミナーでは、 IRに関連した各大学の取り組み事例が紹介されるが、データで何がわかったのか、IRの体制や概念の紹介が多い印象を受けており、IRの定義である「機関の計画策定、政策形成、そして意思決定を支援する情報を提供するために高等教育機関内で行われる調査研究」(Saupe,1990)の最も重要な部分だと考える“計画策定や政策形成の意思決定”の部分にどこまでIRが支援をできているのかという内容についてはあまり事例がみられない。これは単に、各大学が報告をしていないだけかもしれないが、意思決定を支援しているという部分までは重視されていない内容やIR部門がデータを活用して調査・分析をすることが目的となっているような印象を受けるものも多いことから、IRが意思決定を支援するために、学内でIRがどのように理解され浸透し、活用されることが望ましいのか。 まだ道半ばではあるが、筆者の大学での取り組み事例を紹介し、IRが意思決定支援の手段としてどのような取り組みが必要なのかという議論や意見交換のきっかけとなればと願う。
2.取り組み事例(IR担当者の配置)
筆者の大学では、全職員にIRの理解を得るべく、各部署に1名IR担当者を配置している。 部署によってはあまりデータやIRに関連が薄い部署も存在するが、異動などで関連の強い部署に配属となるケースもあるため、またIRの理解を得られるように関連の薄い部署にもIR担当者を配置している。
IR担当者の役割は、IRからの情報提供依頼の対応や調査・分析を進めていく中で疑問点や詳細確認の窓口を担ってもらっている。加えて年に2~3回ほど実施しているIRに関するSD研修会へ参加し、IRの理解を深めてもらっている。そしてIR担当者には各部署でIRの考え方や概念を広げてもらう宣教師という言い方が良いのか、現代風にいうとIRのインフルエンサーとなってもらえることを期待している。 ここで注意している点は、IR担当者の役割が大きな負担とならないようにしている。大きな負担になってしまうと継続してIRへの理解や協力が得られなくなってしまうからである。
まだこの取り組みを開始して2年程度ではあるが、徐々にIRではどのようなことを行っているのか、IRではどのようなことができるのか、IRがどのようなデータを持っているのか、データをどんな場面で活用するのかといったようなIRの理解は徐々に広がっているように感じている。
3.取り組み事例(SD研修会と執行部内の意見交換会)
筆者の大学では、2.の取り組み事例で紹介した各部署のIR担当者を中心に年に2~3回ほどIRに関するSD研修会を開催している。開始当初は座学中心でIRの理解を深める内容を研修会では取り扱った。最近では、学内のアンケートや調査結果などの実際の生のデータを活用して、グループワークで実際のデータ見て、どのような仮説がたてられるのか、どのようにデータをみるのか、どのような対策が考えられるのか、といったワーク中心の研修会を実施している。(これは教学マネジメント指針においてもIRを活用したSD・FDの実践例として紹介されている。)更にそこから生まれた新たなリサーチクエスチョンについては、更にIRで調査・分析を実施し、研修会参加者にフィードバックしている。 執行部向けには、2~3か月に1度、IR側でテーマを絞ってデータを提供し、意見交換を実施している。テーマとデータから少し外れてしまうことはあるが、議論のきっかけという意味ではしっかりとIRから提供したデータが役割を果たしていると考えている。
更に一部の学部においてはアンケート調査の集計結果が出た際に、教授会で報告を行っている。報告の際はアンケート調査の集計結果を報告する学部の特徴的な部分の紹介を重点的に行っている。
4.今後の課題と展望
今後の課題としては、筆者の大学では事務職員が中心となりIRを進めており、他大学と比較すると教員の参加が不十分である。教職協働でIRが意思決定を支援していける体制構築や取り組みを進めたい。 また、もう1つの課題として、いかに学内の意思決定フローにIRが恒常的に組み込まれるか。という点である。IRがデータを提供する前にデータでの検証が不十分な状態で意思決定が既になされるケースは各大学でまだまだ多い状況かとされる。IRが意思決定フローに組み込まれ、IRから提供されるデータがうまく活用される事例としては、IR部門が各種意思決定のなされる委員会やプロジェクトチームに参画し、議論や政策立案に直接関わり、タイムリーに意思決定や議論に応じたデータを的確に提供していく体制である。しかしながら、もちろんだが学内ですべての委員会やプロジェクトチームにIR部門が参画することは物理的に難しいこともあるため、参画する委員会やプロジェクトチームの選定は慎重に執行部とも検討をしなければならない。 5.さいごに
各大学でも“IRが意思決定の支援”の手段であることが念頭に置かれ、予測困難な時代の中で、全学的にIRが理解され、浸透し、活用されているような体制や取り組みが進められることを期待したい。そして現在のコロナ禍において、IRがデータを収集し、集計・分析を行い、今後の意思決定を支援するという一連の流れを創り出すことで、IRへの理解・浸透が進む絶好のチャンスではないだろうか。
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