抄物
男の手に成る漢籍めいたものの講義の記録ですから勿論カナです。少々とっつきが悪いようですが慣れてみますと中々面白い文体で、波多野教授がいわれる人格文の類かとも思われます。 (...)何よりも当時のはなしことばを基調としている点がありがたく、語彙や文法に躍如たるものがあるわけです。(...)とにかく、物語類には登場しようもない面白い語彙、時にはとんでもない罵りのことばまで交えてそのもつ面白いいいまわしの数々は、現に私どもが使っているおかしなことばの昔を思わせて愉快にもなります。「シヤチコハル」が既に出ているかと思えば「サシコハル」という形があったりします。「面ノ皮ガアツイ」「一ツ穴ノ土」「カンデフクメル」「歯ガ立ヌ」「百姓太郎」こんなものばかり気にしなくとも、今の「そそのかす」「のたうつ」の前に「ソヽナハカス」「ヌタ打ツ」があった、という類も知れます。老松を「コケ松」といったのは、点本あたりの語系統との関聯を思わせます。現代の方言のことも考えられます。その外、室町時代独自のニュアンスを伝えるものも多く、尚意味不明の語の大群とあわせて語彙方面の興味は大きいものです。伝統的な文学には余り縁がなく、しかも狂言やキリシタン本も拾いきれなかった多くの語が如実に当時のある生活を思わせるようです。