「俳諧大要」抜書
俳諧大要
第五、修学第一期
一、俳句をものせんと思ひ立ちしその瞬間に半句にても一句にても、ものし置くべし。初心の者はとかくに思ひつきたる趣向を十七字に綴り得ぬとて思ひ棄すつるぞ多き、太だ損なり。十七字にならねば十五字、十六字、十八字、十九字乃至ないし二十二、三字一向に差支なし。またみやびたるしやれたる言葉を知らずとて趣向を棄つるも誤れり。雅語、俗語、漢語、仏語、何にても構はず無理に一首の韻文となし置くべし。
まず書く
一、初心の恥かしがりてものし得べき句をものせぬはわろけれど、恥かしがる心底はどうがなして善き句を得たしとの望みなればいと殊勝なり。この心は後々までも持ち続きたし。
一、古俳書など読むも善し、あるいはこれを写すも善し、あるいは自ら好む所を抜萃するも善し、あるいは一の題目の下に類別するも善し。
一、初心の人古句に己の言はんと欲する者あるを見て、古人已に俳句を言ひ尽せりやと疑ふ。これ平等を見て差別を見ざるのみ。試みに今一歩を進めよ。古人は何故にこの好題目を遺して乃公に附与したるかと怪むに至るべし。 一、古俳書なりとも俳諧の理屈を説きたる者は初学者の見るべき者に非ず。蕉門の著書といへども十中八、九は誤謬なり。その精神は必ずしも誤謬ならざるも、その字句はその精神を写す能はずして後生の惑を来す者比々皆これなり。もし仮名遣、手爾波抔を学ばんと思はば俳書に就かずして普通の和書に就け。『古言梯』『詞の八千衢』『詞の玉の緒』など幾何もあるべし。 一、初学の人にして自己の標準立たずとて苦にする者あり、尤もの事なれども苦にするに及ばず。多くものし多く読むうちにはおのづと標準の確立するに至らん。
一、俳句はただ己れに面白からんやうにものすべし。己れに面白からずとも人に面白かれと思ふは宗匠門下の景物連の心がけなり。縮緬一匹、金時計一個を目あてにして作りたる者は、縮緬と時計とを取り外したるあとにて見るべし。我ながら拙し卑しと驚くほどの句なるべし。 一、間ある時に是非とも俳句をものせんとあがくも宜しからず。忙しき時に無理に俳句をものせんとなやむも宜しからず。出づる時は出づるに任せ出ぬ時は出ぬに任すべし。間なる時一句をも得ずして忙しき時に数句をたちどころに得る事あり。最もおもしろし。 一、俳句のために邪念を忘れたるは善し、ゆめ本職を忘るべからず。しかれども熱心ならざれば道に進まず、熱心なれば本職を忘るるに至る。その程度を知るはその人にあり。
一、初学の人古人の俳句を見て毫も解する能はざる者多しとなす。これ畢竟古句を見る事の少きがためなり。古句解すべからずとて俳句は学びがたしと為すに及ばず。能く解し得る者よりして道に進むべし。 一、和歌を学びたる人の俳句に入るは詩人の俳句に入るよりも難し。これ和歌の性質の然るにあらずして今日普通の和歌と称する者の文学的ならざればなり。『万葉集』の歌は文学的に作為せしものに非れども、穉気ありて俗気なき処かへつて文学的なる者多し。『新古今集』には間々佳篇あり。『金槐和歌集』には千古の絶唱十首ばかりあるべし。徳川氏の末に至りては繊巧なる方のみやや文学的とはなれり。これらの歌より進む者は固より俳句に入り得べく、しかも詩人の俳句に入るよりも入りやすきこと論を俟たず。されども『古今集』の如き言語ありて意匠なき歌より進み来らば俳道に入ること甚だ困難なるべし。けだし俳句の上にては優長なる調子を容れず。むしろ切迫なる方に傾くが故なり。試みに俳句的の和歌を挙げなば の如きを然りとす。この外『新古今』の「入日をあらふ沖つ白浪」「葉広かしはに霰ふるなり」など、または真淵の鷲の嵐、粟津の夕立の歌などの如きは和歌の尤物にして俳句にもなり得べき意匠なり。 この歌のごとく客観的に景色を善く写したるものは『新古今』以前にはあらざるべく、これらもこの集の特色として見るべきものに候。惜しむらくは「霞のまより」という句が疵にて候。一面にたなびきたる霞に間というも可笑しく、よし間ありともそれはこの趣向に必要ならず候。入日も海も霞みながらに見ゆるこそ趣は候なれ。(正岡子規 九たび歌よみに与ふる書)