ポケットに穴空いてるやん
「嘘ぉ、ポケットに穴空いてるやん」
事務所に帰ってきた遥が、胸ポケットに手を突っ込みながら言った。
「東雲さん、新しいシャツ買うてください」
「縫うたらええやないですか」
「冷たぁ!」
一言で済ませた円に、遥は大げさな仕草で驚いてみせた。
「和がおったら縫うてくれるんやけどなぁ、代わりにラーメンせびられるけど」 遥がぼやくと、伝票を書き終えた静が椅子から立ち上がった。
「僕が縫いますよ、向こうでシャツ脱いでください」
静は笑顔でそう言うと、遥の前を歩いていった。
会議室で遥からシャツを受け取ると、静はソーイングセットを取り出してポケットの穴を繕い始めた。 「へー、器用なんやなぁ」
静の手元を見ながら、感心したように遥が言った。
「伊勢原さん」
「ん?」
なぜか恥ずかしそうにする静を見て、遥は不思議そうな顔をした。
「結構、ええ体しとんですね」
静は上目遣いに遥を見てから、手元に視線を戻して糸を切った。
「ほうか?」
遥は照れくさそうに笑って、静からシャツを受け取った。
「助かったわ、ありがとう。僕、料理は得意なんやけど裁縫は苦手なんよな」
遥はそう言って笑いながら、シャツを着てポケットを確かめた。
「伊勢原さんて、独身なんですか?」
遥が白い歯を見せて笑うと、つられて静も笑った。
「全然見えません、伊勢原さん、めっちゃ若あに見えるけん」
「うまいなぁ~?」
静の言葉に遥は目を細めて、静の二の腕を軽く叩いた。
「直球やな〜。今はおらんな、エビちゃんは?」
「僕もおりません」
静が答えると、遥は楽しそうに「おっ」と声を上げた。
「ほな気楽なひとりもん同士、仲良うしよな」
遥に笑いかけられて、静は嬉しそうにうなずいた。