ああいうのがタイプッスか?
夕方、集配を終えたトラックが次々に車庫に帰ってきていた。
「お疲れ様です」
「ウィーッス!」
二人とも声は元気だが、朝早くから働き詰めで、相当疲れているようだった。
もう9月に入ったというのに外は真夏のような暑さで、二人は空色のシャツをびっしょりと汗で濡らしていた。
「うわ!」
中年のドライバーが、何かに気づいて声を上げた。
「びっくりするわぁ!なんなんスか!?」
桃色の髪のドライバーが迷惑そうに言った。
二人とも声がバカでかかった。
そして二人の声がバカでかいのはいつものことなので、誰も気にしていない様子だった。
「すごい美人がおるやん、この事務所にも新しい花が咲きましたなぁ」
中年のドライバーが嬉しそうに声を弾ませて言った。
桃色の髪のドライバーが、中年のドライバーの視線の先を追う。
「はぁ〜ん」
そして、ニヤニヤしながら変な声を出した。
「マジで?ああいうのがタイプッスか?」
その事務員は、姿勢良く椅子に腰掛けていて、パソコンのモニターを見ていた。
二人がじっと見ていると、その事務員は顔を上げてこちらを見て、小さく微笑んだ。
どう見ても美人だった。
「伊勢原さん、ええ趣味しとうわ」
桃色の髪のドライバーは、中年のドライバー、伊勢原 遥(いせはら はるか)を見上げて面白そうに笑っていた。 「なんやの」
遥は自分の横で笑う、親子ほど年の離れた後輩の姿を怪訝な顔で見ていた。
「だってあいつ、男ッスよ」
そう言うと、若いドライバーは桃色の髪を揺らしてヒャハハと声を上げて笑った。 「は?」
遥は後輩の言った言葉が理解できない様子だった。
大声のやり取りが聞こえていたであろう事務員は、申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。
やはり、どう見ても美人だった。
遥は送り状の束を持って、その事務員に近づいた。
「あの、はじめまして。僕は伊勢原いいます」
「伊勢原さんは行儀がええなぁ」
後ろから桃色の髪のドライバーが茶化したが、いつものことなので遥は動じなかった。
新しい事務員は狐のような目を細めて微笑んだ。
「海老名です。海老名 静(えびな しずか)いいます。よろしくお願いします、伊勢原さん」 静は立ち上がるとそう言って、遥から送り状を受け取った。
遥の耳に届いたのはよく通る高い声だったが、男性のものだった。
「あ〜クソウケた。俺は神田橋 和(かんだばし のどか)。伊勢原さんが失礼なこと言うてすまんかったな」 桃色の髪のドライバー、和は楽しげにそう言うと、持っていた送り状を静に差し出した。
静はそれを受け取って、和にも「よろしくお願いします」と挨拶をした。
「すんませんでした」
遥は静に頭を下げて謝った。それでも未だに、納得のいかない顔をしていた。
「ええんです。伊勢原さんみたいなかっこええ人に美人て言われて、悪い気はしませんよ」
そう言って静は微笑んだ。
静は遥が今まで見たことのないタイプの、中性的で儚げな美人だった。
「何を赤ぁなっとんスか」
顔を火照らせた遥の脇腹を、和が肘で小突いた。
「すんません、伊勢原さん」
そしてやっと、遥は仕返しにからかわれたことに気がついた。
しかし不思議と嫌な気はしなかった。父親ほども年の離れた自分に、面白いことを言うなぁと、感心すらした。
静は席に戻ると、もう一度遥を見てにこやかに笑った。きれいに並んだ白い歯が見えた。