透明性
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発行年月 : 2020年10月(邦訳)
出版社 : 早川書房
Googleを頂点にした現在のデジタル社会が行き着くかも知れないというか既に足を踏み入れている地獄を回避するために、主人公が提示した人間に不死をもたらすテクノロジーと、それが与えられるための条件を設けることで人々の行動を導いて、行き過ぎた資本主義や環境破壊を阻止しようとするのだが…みたいな話。
人に対して与えられる不死というのが、デジタル社会によってかき集められてきた膨大な個人のあらゆるデータから死んだ人間の人格を再生させる技術によるものというアイデアと、その権利を得られるかどうかの選別基準を人徳や精神的な価値、環境への意識に置くことを明示する事で、主人公がこの時代のキリストのような立ち位置に押し上げられていき、デジタル社会の個人情報監視が宗教の戒律と同一化していくのが面白かった。
現実のいまの自分たちが本来の自由と引き換えに企業から得ている便利さが、やがて行き着くのがベーシックインカムであれ不死の権利であれ、どの道大衆は企業に対して隷従しつづけるのでしょうという絶望感。
トランスパランスの宣伝はこう言っていた。デジタル社会はあまりにも巨大な情報を自由に扱えるようにしたため、逆に個人情報が埋もれてしまった。情報が過剰で個人の許容できる量を越えてしまったために、提供された全てに批判精神を巡らすことができなくなったのだ。そこで我々のような企業が力を持つようになったのである。
なぜならこの社会は、いついかなる時も、思考の道具であったことはなかったからだ。特に、批判的思考は、ネット接続やデータ生産、つまり消費せよ、限られた資源から限りなく生産し続けよと常時強制されて不可能になってしまう。現実の物を生産することがもうできなくなったとき、私たちはヴァーチャルな物を生産することにした。しかし環境はすでに取り戻せなくなっていた。 (p32)
ついには、なんでも知ろうと思えばできるせいで、綿密な知的文化的構築をしないようになる。自分が生きている世界のことを考えなければならないという重荷を、それをする方法がほとんどないという思い込みが回避させてくれるからだ。しかし不運なことには、きちんと組み立てられた知識がないと、あらゆることを知っているようでいて実は何も知らない専門家が生まれる。客観的な思考を構築することが機能的に出来ないまま、誰でも知にアクセスできることに助けられて、自分の意見に過ぎないものを正しい知識だと思い込むからだ。真理はもう、それ自体によって存在するものではなくなってしまったのだ。 (p43)
「世界の上に絹のように柔らかい蜘蛛の巣が張り巡らされた。蜘蛛は人々が安全と引き換えにした自由を養分にして肥えている。蜘蛛は人々を人工的に結びつけ、安心させ、不安を拭い、病と雇用不安を遠ざけ、ベーシックインカムを創出し、動かない人間つまり電脳屋根裏部屋という荒廃した環境に住むゴキブリに無限のバーチャル空間を与える」 (p61)
全ては自発的な隷属です。あなた方は人々の性急さ、偽りの自由感覚、個人の力の幻想を煽ります。そこにはもはや知性の偉大さに属するものをは何もなくて、物とその限りない発展に奉仕する合理性というちっぽけなものがあるばかり。あなたに従えば、人類は永遠には向かわず、その大事な本質を失い、文化は根絶やしになり、迎合主義が隅々まで広がって、徐々に消滅するのです。人類は絶えずコミュニケーションをしているけれど本当には伝え合っていないし、いつでも広いネット空間に引き摺り出されて身近な人々を犠牲にしている。文化もたった一つ、あなたの文化しかなくなった。 (p106)
聖書が教えているのと正反対のことをしていることに彼らはほとんど罪悪感を感じないのですが、わずかに残った罪悪感もトランプが吹き飛ばしてしまいました。しかし彼らはどういう迷信か知りませんが、安心するために教会を大股で歩き回り続けます。もう長い間、ただ一つの神、つまり市場という神しか持っていないくせに。 (p123)
技術が、人間自体よりも、また人間が技術を深く考えて使う能力よりも常に先を行ってしまうこと、技術が本質になってしまい、おもちゃの中に自分を見失った人間という種の座礁がここにある。 (p214)