俺の文章修業
有楽町の三省堂で小川哲の『言語化するための小説思考』を探すも、あるはずの棚になかなか見つからない中、ありそうな他の棚を眺めていたら見つけた町田康『俺の文章修業』が面白そうだったのでそちらを買い、読んでみたらめちゃくちゃよかった。
いわゆる「文章読本」的な文章の書き方、書くということについての本で、文章の肉付けの仕方のような形式的な話も思いの外わかりやすく書かれており勉強になった。
ただ形式と言ってもわかりやすく伝わりやすい端的な文章のための作法のような話でなければ、予め想定した答え=おわりに向かって書いていくような文章でもない、それを用いることで書いた尻から次の文章が立ち上がり現実の感触を描写するためのものである、と言っているのがとても面白い。
とか言いながら、正直難しくて半分くらいしか飲み込めていないのだけど、ただアニメーションの作画について周りの人たちがよく言うような「定められた尺の中で所謂原画としてキーフレームの絵を描いたら後は機械的に中割をしてくっていうプロセスは効率的ではあるけどわりと絵が死にがちだから、頭から1枚ずつ順描きしてくみたいな描き方しかしたくないんじゃ….」みたいな言葉 と同じ構図なんではと思うともう少し分かる気もする。アニメじゃなくて1枚絵のようなものでもラフから線をなぞって清書することでなんかつまんなくなるっていうのも近いと言えば近いのかも。
また、内容のある文章を書かねばと言う時の「内容」は、別に社会的に意義のあるような話である必要はないし、もちろんそれを表現する「形式」がただそれっぽく整っているものが内容のある文章というわけでもないのにも関わらず、それっぽい正義とか意義のようなざっくりした価値観や形式に書こうとしている文章が引きずられてやしないかという問いかけだとか、今まさにこうして半分くらい義務的なモチベーションで文章を書いて、さっさと書き上げたいし…みたいな気持ちでさして面白くもない文章をただバカ真面目に書いている自分には心当たりのある話がたくさん繰り返されていてとても耳が痛いけどとてもよかった。
また読み返したい。