どれほど似ているか
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発行 2023/05/26
韓国のキム・ボヨンさんによるSF短編集。読み終わった。
中盤くらいまでの作品はそんなにハマれない感じもしていたのが、『鍾路のログズギャラリー』表題作の『どれほど似ているか』あたりでガチっとフィールするものがあり読み終えるころにはすっかり楽しめた。
『どれほど似ているか』は宇宙船に搭載されたAIが、他の素の人間である船員たちとのコミュニケーションを通して人間の行動の非論理性をああだこうだと感じながら、船の目的と船内の問題と対峙していく話なんだけど、このAIが人間の義体にインストールされている事で、人が人に向ける差別の視線がどういうメカニズムなのかなどが抉り出されたりするのが面白い。また人間の脳というハードウェアがソフトウェアのAIの思考に影響を及ぼすものがあるのではという空想の部分は、あんまり自分が触れてきたフィクションにはなかった設定だけど、それは結構ありえるんじゃないかと思わされるリアリティがあってこれも楽しかった。
著者のあとがきによれば『火星の人』を読んだ後に興奮して描き進めたらしいのだけど、舞台設定なども含めてなんとなく納得する。
しかし韓国のSFはフィクションの中に織り込まれている現実の社会問題へのリンクが良くも悪くもくっきりし過ぎているような気もする。読み進めながら「ああこれは男女の不平等だとか苛烈な学歴社会についての話なんだな」と気づいていきなり自分の中で話が立体性を帯びるような瞬間は楽しい反面、その時点でだいたいいろいろ想像がついてしまうところもあるというか、個人的な好みからするともう少し覆われていてもよいのではと思ったり。
もしかすると関東大震災の後に起きた朝鮮人虐殺にまつわる話をよく耳にするタイミングだったので、あの時発生したのであろう群集心理だったり、最近考えることの多い女性差別の根深さなどなどを思い起こされる描写があったせいもあるかも知れない。
けれども、それは私に何か過ちがあったということでは全くない。私が「穴」になっただけだ。人間の野蛮さが噴出するような脆弱な穴。単純に、私が人間と同等になったという錯覚。自分達と平等になったという感覚。
今まで差別してきたせいで受け入れられない平等感覚。持っているものを根こそぎ奪われたという錯覚。実際には何も奪われていないにもかかわらず。
かみ合っていない部品が怪物のような音を立てて回る。すえた匂いのする汚れた空気、汚い空気清浄機、閉まらない船外減圧室、一本二本だめになったアンテナ、整備不良、規律の緩み。すべてが前兆だった。
(キム・ボヨン『どれほど似ているか』 p292)