津村記久子『サキの忘れ物』
津村 記久子『サキの忘れ物』(新潮社・2023年)新潮文庫
津村記久子は、選択の問題を扱っている。自由の問題とも言える。
どうでもよい、という投げやりな感情が基調的である生活の中で、希望をつかむ。
どうでもよいしがらみの中で生きているときに、少し勇気を出してさらにどうでもよいものを選び取るときに、自分自身の人生を生き始めている。そういう物語。
……自分のやることのすべてに意味なんてないのだ、と千春は高校をやめる少し前からずっと思うようになっていた。だからきっと、何をやっても誰もまともに取り合うはずもないのだ。この本の持ち主の女の人もきっと。本を持って帰ったと打ち明けたところで、そうなの、とただ言って受け取るだけだろう。千春自身にも特に意味はないのだし。
まともに取り合うって、私がまともに取り合ってもらったことなんて今まで一度でもあったのかな。p.19
いつもより遅くて長い帰り道を歩きながら、千春は、これがおもしろくてもつまらなくてもかまわない、とずっと思っていた。それ以上に、おもしろいかつまらないかをなんとか自分でわかるようになりたいと思った。それで自分が、何にもおもしろいと思えなくて高校をやめたことの埋め合わせが少しでもできるなんてむしのいいことは望んでいなかったけれども、とにかく、この軽い小さい本のことだけでも、自分でわかるようになりたいと思った。p.28
2024/7/8
2024/7/15