『人はなぜ物語を求めるのか』のkindleハイライト
本書では、ストーリーというものを、世界を時間と個別性のなかで理解するための枠組、としてとらえてい Read more at location 169
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物語的
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などのことは、「地」(背景)と化して、意識にすらのぼらなくなります。 ストーリーというのはなんだか、もったいないこともしているのです Read more at location 229
「状態」の記述(第二五節)と「括復法」(第二六節)とが、似たような機能を持っていることに気づきますね? どちらも、「アブサロムがどういう人物であるか」を記述しているの Read more at location 267
第二六節のような例示も、「人物描写」などと呼ばれることがあります。 描写は、あってもなくても、 筋 に関係ないことが多いので、物語を要約するときにはしばしば省略され Read more at location 270
ストーリーの最低条件は「できごと」の時間順の連鎖で、年表のようなものです Read more at location 277
★Note: 年表と物語。 私が最も遠いもの同士と思ってきた2つ。 Read more at location 286
ああ神さま』と侯爵夫人は言った。『私は妊娠してしまいました。そしてだれの子かわかりません』というものと
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リアリズムについて」(一九二一) という文章のなかで、こういう事態を「筋に逆らって」まで「隣接連合によって叙述の密度を高める」 Read more at location 319
そして語り手は、二回目のトライアルのときに、 アンナがちゃんとハンドバッグを放り出したということを、 律儀に明記する のです。そうすることで読者は、たんに「列車に飛びこんだ」と書かれた以上のリアル感、という言葉が悪ければ、「説得力」を、感じ Read more at location 332
★Note: これはすごい。 「割引き」以上の効果だ。
たんに主人公が空間的に近いところにいる人と交わした会話は、小説の思想的な主題に関係があることもありますが(ないこともあります)、ストーリー(登場人物の行動)の展開には関係ありませ Read more at location 337
★Note: どことも関係ないのか(笑)
小説というものはべつに、ストーリーを伝えるための器である必要はありません。小説にとってストーリーはむしろ、文章それ自体のおもしろさを発揮するための口実のようなものでもぜんぜんかまわない。 Read more at location 355
純粋にプロットだけを提示するというのはあくまで理論上の話なんですよ。そういう小説のばあい、それはそれで往々にして、 「あえての素っ気なさ」「描写がそぎ落とされた感じ」 が伝わってしまうことがある。だいたい ハードボイルドな感じ がし Read more at location 359
★Note: 村上春樹さんの場合、余計なことがちゃんと多いのに、ハードボイルド?
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子どもはなにか伝える情報がある以前に、まずとりあえず発声・発話による他者との 接触 を試みるのだそう Read more at location 375
★Note: まあ、腹減った、ねむい、といったことは、それよりも先に伝えているだろうけど。 反応があった嬉しさみたいなのは、やっぱりあるだろうな。
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もし、とつぜんこんなことを告げられたら、あなたが最初に口にする言葉はなんでしょうか? 「どうして?」
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★Note: 「やだ」「やめてくれ」 じゃないかな。
いっぽう、「おまじないをしたから、雨が降った」の「から」は、原因・理由をあらわす接続助詞です。「から」は言葉では言えても、それに対応する実体が現実世界にはありませ Read more at location 421
それは、pとqとを認識する人(ここでは村人)の思考のなかに存在しています。いっぽう、なぞなぞを解く僕たちの思考のなかには存在していません。つまり、因果関係とは「観察者にとっての」因果関係なの Read more at location 424
神社に行っておみくじを引いたりお守りを買ったりします。それは、自分の生活をひとつのストーリーとみなして、ひとつの説明体系のなかに置く、ということ Read more at location 445
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なお、本書ではこの「滑らかさ」「生きている感じ」を、必ずしも よい ものとは考えていません。ときにはこの滑らかさのせいで小説がつまらなくなることが Read more at location 466
〈王が死んで、それから女王が悲しみのあまり死んだ〉 はひとつの〈プロット〉だというのです。この使い分けは、ストーリーについて考えるときによく引き合いに出されますが、フォースター独自の用法です。本書の立場では、どちらもストーリーで、後者のほうが滑らかだ、ということにしておきましょ Read more at location 475
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「説明が正しいかどうか」よりも、また「その問が妥当かどうか」よりも、僕たちはともすると、「説明があるかどうか」のほうを重視してしまう。ストーリーでそこを強引に説明してしまうことがあるの Read more at location 527
説明とは、そのままでは未知にとどまってしまうものを分解して、自分がすでに知っているものの集合体へと帰着させてしまうということです。こういったわけで、「わか(った気にな)る」ことはときに、お手軽な説明とセットであることがあるので要注意 Read more at location 529
★Note: これはいい表現だ。
こういうものを「一般論」と言います。いっぽう、〈女王が悲しみのあまり死んだ〉は個別の、特定の人間についての命題 Read more at location 545
さて、ストーリーは、個別のものをあつかい
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★Note: その文化の。
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引用の最初の二段落が、「ストーリー」を伝えています。最終行の〈説得が強制よりも有効なことが多い〉という教訓が「一般論」です。そのあとの〈とこの話は解き明かしている〉は「発話行為の自己言及」というもので、先述の「交話機能」と関係しているものですが、これについては本書では深追いしませ Read more at location 583
という「一般論」をつけています。 「一般論」は、北風や太陽や仁和寺の法師だけでなく、人間一般(たとえば僕)にもあてはまる 智慧 として語られます。また、この「一般論」の存在が、そのストーリー(北風や太陽や仁和寺の法師という個別の動作主がおこなったこと)を報告する理由にもなりうるのです。 Read more at location 592
〈ひとつはしかるべき論理一貫性、そしてもう一つは「なぜと問う」必要をなくしてくれる権威で Read more at location 597
いまでも海底で臼が塩を作り出し続けている、という説明でし
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★Note: はあああ?! と思いつつ、上手いことやったなあ、と思うんだよな。
「魔法使いの弟子」型
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★Note: 「制御できなくなりますよ」
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また古代のインドやギリシア以降、宗教や哲学では、「なぜなにもないのではなく、なにかがあるのか」という究極の問が問われてきまし
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この世界が存在すること自体が、最大の驚きといえば驚きなのです。でもこちらの問は多くの人にとっては「地」(背景)となっていて、なかなか「図」として認識されることはありませ Read more at location 641
★Note: こーれーがーねー…。
人を見たら泥棒と思え」という人に出会ったら、後者のほうが一見〈賢く見〉えてしまいます(見えるだけですが)。人間は、どんなナイスな状況に置かれていても、「不本意」な部分を見つけ出してしまいます。だから、後者のほうが〈賢く見〉えると感じる人のほうが多いの Read more at location 718
あなたの求めていた答はそれではないでしょう。こういった言説は「科学」ではありませんが、「科学」と同じく、因果関係ではなく対応関係を述べているだけだから Read more at location 746
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★Note: 自分が抗したいのは、自我に従ってくれない世界の方なのか、それとも、世界に合わないバグを抱えた自分の方なのか。
主人公が不本意な状況にあると、ストーリーの聴き手・読み手は、登場人物がその状況にたいして解決に乗り出すことを、期待しシミュレーションしてしまいます。これも例によって、反射的で受動的な演算 Read more at location 765
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★Note: 日常こそが憎むものだし、 出来事よりも人を見ていたい。 さらにいえば、抗いがたい心情にどう取り組んでいけばいいかを学びたい(メタだなあ)
最終的にそのできごとが解消し、そのストーリーの世界でふたたび平常が戻ってくることを、感情的に期待してしまいます。因果応報とか、勧善懲悪とかいった、ストーリーの道徳的なパターンは、ここから生まれるの Read more at location 776
ここで大事なのは、じっさいの現実生活では、人は不本意を認識していたとしても、必ず解決に乗り出すとはかぎらない、ということ Read more at location 781
読者にとって(そしてときとして、ある種の探偵役にとっても)、共同体の法的秩序は必ずしも欠かせないものではありません。なによりまず謎の解明への興味が満たされることを、読者は期待し Read more at location 826
ふだんの生活と旅行中の生活のように認識されていると言ってもいいでしょう。平衡状態から非常事態に突入することは、いわば一種の越境なの Read more at location 834
あるいは、自分が旅行するのではなく、来客が数日、家に泊まっていて、最後に帰っていく、という形式でとらえてもいいでしょう。民泊でもやっていないかぎり、お客さんが家に滞在しているあいだの時間は「非常時」
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というか、「決着などつけようがない」という判断それ自体が、「このあとどう決着をつけるのだろう」という感情によって引っ張り出されてくる、というべきでしょ
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僕のなかの、内容を思い出している(より能動的・意識的な)働きと、「このあとどう決着をつけるのだろう」と感じている(より受動的・反射的な)働きとは、 喰い違ったままてんでに働いてい Read more at location 867
Note: そこを効果的に刺激してやることができれば、再読に耐える本になりやすくなる。 「いや、さっきの中継は見間違いで、ニュースで見たら勝ってるかもしれないから」
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必ずしも「こうやって決着をつけた」という 情報 だけではないということ。人間は、事態が「決着をつける」までの展開それ自体を、たんに情報として知りたいだけでなく、どうやら体験したいという気持を持っているようです。 情報と体験は Read more at location 876
ところが『変身』のラストは、堂々と、ぬけぬけと、これ見よがしに、ふてぶてしいまでに、「決着らしい決着」だったの
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人間は一般に、木が倒されるシークェンスを、このようなものとは見ず、「自分が木を切った」と考える。そればかりか、〝自己〟という独立した行為者があって、それが独立した〝対象〟に、独立した〝目的〟を持った行為をなすのだと信じさえ Read more at location 928
苦と訳されたパーリ語dukkhaは「不本意」「思いどおりにいかないこと」全般をさすものでした。仏教は致命的な苦痛や苦悩と、ライトな不平不満や不快とを、本質面では分け隔てしないよう Read more at location 972
期待しているときに〉〈希望まみれの言葉〉が〈出てくる〉という考えかたに意表を突かれ、枡野さんと僕との体質の違いに驚きます。 というのも、僕は、他人や世界に期待していたあいだ、希望を持てなかったからです。そして、他人や世界に期待するのをやめたとたん、希望を持てるようになったから Read more at location 1008
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フランクルは『死と愛 実存分析入門』およびその増補改訂版『人間とは何か 実存的精神療法』のなかで、責任という概念を重視しています。責任(Antwortung, responsibility, responsabilité)とは、どうやら、問に答える(antworten, answer, respond, répondre)ことらしいの Read more at location 1034
「なぜ私が?」と問うストーリー形式から、「人生が私になにを期待しているか?」と問うストーリー形式へと〈転換
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人には〈責任〉を手放す自由や、人生から自発的に退場する自由もあります。また、やっぱり人生への期待を手放さず、その結果愚痴を言い続けるのも、世界を呪い続けるのも、当人がそうやって生きていきたいのであれば、それを選ぶのもまた当人の主体的自由 Read more at location 1040
前後即因果とは〈運命〉というものの性質を短く言ったものだ、と。そして物語とは〈運命〉の 言語 にほかならない、と続け Read more at location 1047
〈出来事が君の欲するように起ることを望まぬがいい、むしろ出来事が起るように起ることを欲し給え、そうすれば君はゆとりを持つことになるだろ
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ところが、『クレーヴの奥方』の問題の場面では、クレーヴ大公夫人の行動が、当時の読者が共有している「格言」に反していながら、その動機は作中で説明されていませんでし Read more at location 1162
この納得いかなさは、ジュネットが作った例で言うならば、 〈侯爵夫人は車を呼び、そしてベッドに入っ Read more at location 1167
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「人間とは割り切れないものである」 「つねに理屈で割り切れる人間がフィクションに出てくると、逆に作りもの臭い」 「人間の割り切れなさを書くのも、文学の仕事である」 という格言を持っている、ということなのかもしれませ Read more at location 1175
バルザックがやったことは、ジュネットが作った例で言うならば、 〈侯爵夫人は車を呼び、そしてベッドに入った。なぜなら、彼女はとても気まぐれだったから〉 という形になり Read more at location 1182
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〈自分の行動に原因を割り当てること、すなわち、特定の行動をとった理由を述べることは、すべて〈物語化〉の一部だ。そうした原因は、理由としては正しい場合も誤っている場合も Read more at location 1242
Note: 自分の心にすら、理由を捏造しているかもしれない。 子供が通りで泣いていると、私たちは心の中でその出来事を、道に迷った子供とその子を探している親の心象に〈物語化〉する。ネコが木に登っていると、その出来事をイヌがネコをそこまで追い詰めている心象に〈物語化〉する〉 Read more at location 1250
人は世界を理解しようとするときに、ストーリー形式に依存してしまう。そして法に代表される社会制度もまた、その形式を採用せざるをえない。こういった人間学的傾向を人はふだんほとんど自覚しませ Read more at location 1373
市民たちのムルソーへの反感は、日ごろ自覚していなかった自分の「ストーリー依存症」に気づかされそうになって、その事実、「自分たちが現実だと思っているものの多くは、自分たちが無自覚なまま構成させられてしまったストーリーである」という事実を慌てて否認する(見ないようにする)ために起こった感情なのかもしれませ Read more at location 1377
こうすれば先々よいことがあるとか、このように行動すると悪いことがある(罰が当たる)とかいった行動の規範を持つことによって、人間は自分の未来を自分で作っていく、つまり胸を張って生きていくことができるとも考えられ Read more at location 1512
津波は津波であり、それを日本人の「悪」という原因から起こった「悪い結果」である、というふうに意味づけてしまうのは、ここまでたびたび指摘してきた「因果関係への落としこみ」の典型例です。ロジックとしては、ヒンドゥー教の 輪廻 転生 観における、「前世で悪業を積んだゆえに今生はカーストが低い」とか、いまだったら、「露出の多い服を着ていたから痴漢に襲われるのだ」とか、そういった被害者を責める言説の一種 Read more at location 1530
この神はのちには、ユダヤ教でもキリスト教でも、世界を創造した「唯一神」ということになっていますが、当時はまだ、豊かな収穫をもたらしてくれたり、戦争で勝たせてくれたりする、いわゆる「ご利益」のある神さまという扱いだったといい Read more at location 1554
僕みたいなベッタベタの日本人だったなら、「こっちの神社にはご利益がないから、あっちの神社にチェンジしよう」と、違う神さまにあっさり乗り換えることで、世界観の収支決算を合わせたところでしょう。 Read more at location 1561
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極端な例では、暴力事件において、衝動に駆られた容疑者が〈かっとなって〉反応してしまうケースがあります。 Read more at location 1618
こういう、「不適切な一般論を知らず知らず抱いてしまうこと」もまた、人情と呼んでもいいかもしれません。 このことの背後には、人間がこのメンタリティで生き残ってきたこと、その人類の群がやがて共同体になっていたこと、言語などを使って「共感」のシステムを形成してきたことなどが関係していると思います Read more at location 1690
いっぽう のオイディプスは、諍いや結婚の相手が自分の生物学上の親であることを知らないだけでなく、そもそも「この相手は自分の親だろうか?」という問自体を胸に抱いていませ
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は、知らないだけでなく、 自分がそれを知らないということも知らない。三人称的に「あー、あいつわかってねえなー」と、他人が観測することしかできない。 世のなかというのは、 みたいなことばかり
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たとえば、シャーロック・ホームズの髪の毛は何本でしょうか? 『 吾輩 は猫である』の〈吾輩〉の体毛の本数は何本でしょうか? この問を読んで、「そうそう、私もそれ気になってたんだよね」と思う人はあまりいないと思います。つまりあなたにとってホームズの髪の本数は、この問を目にする直前まで、23の意味で「知らない
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答えられなかった人は、外科医の性別欄を自動的に(受動的に)埋めてしまい、しかも自分がそうしたことに自分では気づか
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悪く言えばがさつな人は、 現役 時代にたまたまその手で切り抜けてきた生きかたを、変えずにいるだけかもしれません。その怠惰の背後に、未知の方法にたいする恐れがあるとしたら、不安な人といっしょです。結局僕たちはみんな、程度の差はあれ、石橋を惰性で叩いて
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崖にしがみついている僕の顔のアップに、「つづく」というテロップがかぶさっているのではないでしょう
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こちらの 譬え話 のおもしろさは、あなたが自発的というよりは受動的に落ちたことです。あなたは飛び込み選手のように意志して落ちたのではなく、握力がなくなって、もう抵抗する意志を失って、熟した果物が落ちるようにころんと落ちた。……意外に、これだって懸崖撒手なのではないでしょう Read more at location 2066
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イエスの話の長男は、それまでいい子にしてたのは褒められたいがゆえの「がんばり」だったんだなあ。文句を言ったせいでそれがバレちゃったなあ。義務感で「いい人」やってる人って、周囲の人にも義務を当たり前のように押しつけるから Read more at location 2131
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篤信な私」という〈小我〉にしがみつくあまり、聖書という物語のストーリーを現実視し、聖書から見た異説全般を〈崖〉のように恐れるにいたったのではないでしょうか? 彼らこそ、崖につかまってふるえている Read more at location 2152