「どうぶつの森」に見る人生の縮図
どうぶつの森」に見る人生の縮図
「どうぶつの森」
ってゲームがあります。
私はやりませんが、母や娘がやっています。
で、あのゲーム、お祭りの日限定で手に入るおしゃれな家具とか、村が発展しないと買うことのできない珍しいアイテム、魚釣りや虫捕りで見付けられるレアな生物や、はたまた化石など、コレクション心をくすぐられるアイテムがいっぱいです。攻略本をながめているだけでかなりワクワクできるくらいに。
だから、プレイするにつれて、ゲーム内の「自宅」が、どんどん物置き化するのはよくわかるんです。レアなものは一応とっときたいし。
ゲーム界だから、衣食住に困って死んでしまうとかはないし、物がくさったり、埃が積もったりもしないわけだし。
そこでカルチャーショックが起きるのが、『夢訪問』こと、オンラインで他の人が公開している村を訪れることのできる機能です。
これまた、実際にはやったことないわけですが、youtubeなどで見ることがあります。
さすが! わざわざ公開するくらいですから、まー、おしゃれ。
村全体、家の一つ一つをコンセプトのある調度でまとめてあるし、よけいな「物置」なんてないし、ある種の「ストーリー」感まで表現されていたりする。
ここにきて、2つの価値観の存在を私は知る。
魅力ある物があり、物が主役で、それを置いておくために空間が必要
表現やもてなしなどの、あるコンセプトのために空間が活用され、その空間の価値を生み出すために特定の物が必要
少なくとも、過去と現在の私は前者だ。
家が片付けられないわけよな……。
タグ 縮図、人生の縮図、社会の縮図
from 20190606