TRPG3つの停滞時間
TRPG3つの停滞時間
私がテーブルトークRPGを頻繁に遊ぶようになったころ、自分なりにGMをやろうと考えたときに一つ頭の中で凝集していた考えがあった。
シナリオに入って、3つくらい、退屈な時間があって、その空白感がすごく嫌だな、自分がマスタリングするときは、そこをなんとかしたいな、ということ。
その三つの空白時間というのが、
シナリオに入った瞬間(ワールドにスポーンしたあと)
依頼人が明確になった後の、費用の交渉
目的が分かった後の手段の検討、そのとっかかりのなさ
シナリオに入った瞬間
なんというか、ドラクエで言うのなら、王様との会話からゲームが始まったっていいじゃん? と私は思う。
城と町の間から始まるプロトタイプ版のドラクエ1では、次に何をしていいか分からないじゃん。
あの瞬間の探り探りになる感覚がとても嫌だ。
マインクラフトならそれでもいい。
自動計算で無限生成で楽しさはプレイヤーが見つける。
TRPGは、コンピューターでやる、“経験値稼ぎと乱数のあるバトルのゲーム性付きアドベンチャー” に比べれば、自由度はずっと高い。
でも、1人のGMが用意できるストーリー要素には限りがある。
ストーリーの大筋には乗るべきというか、そういう「自由に見せかけて相手の望みを聞いてあげないといけない共犯関係」がある。
なら、それはある程度はっきりさせようよ、ってのが私の価値観だ。
だから一つの方向性として、「巻き込まれ型」みたいな導入を処方したくなる。
費用交渉
リプレイの本なんかを見て、初めて生身の人とセッションをするとなったら、まず一度はやってみたいことではある。
でも、実際にやると数回で飽きてくる。“金満パーティー”みたいにゲームバランスをぶっ壊せるほどのお金がはいるならいざ知らず、また経験値のもらえる量を大幅増量してもらえる交渉ならともかく、実際には報酬を10%増額してもらえても、経費を半額に切り詰められても、大した興奮も快感も得られなくなってくる。
だから、私がシナリオを書くなら、PC(プレイヤーキャラクター)の親族が危機に巻き込まれてPCを頼ってきたとか、そういう「交渉」がそもそも求められないシナリオにしたくなる。
「お金を気にすることは、ヒーローのやることじゃない」、それは卑怯でせせこましい、ということではない。
経済人的に振る舞うと、アニマルスピリットが阻害されるからだ。
私たちはゲームの外の実生活で、そういうことを気にしながら生き、正義や情熱や人道に専念できずに生活している。ゲームの中でくらい、それを解放してみたいではないか。臆病者の人生では。
手段の検討
「悪い大臣が陰謀を企んでる」とか「街の中で身寄りのない子が姿を消す」という事件を請け負って、「町はずれの屋敷が怪しい」みたいな情報をつかんだとする。
で?
その次は何をしたらいいの?
駆け出し冒険者が、敵のアジトに正面突入したって死ぬだけです。そもそも、相手がそれをやっていたという確たる証拠がないのに、いきなり実力行使に出てしまっていいものでしょうか。
思考が活発にはたらくからこそ、そういうことにも思念が及び、そして動けなくなるわけです。
この停滞もつらい。
街での聞き込みとか、ギルドで情報をもらうとか、情報収集の定番といえるやり方を思いつくかどうかも、なかなかプレイヤーの力量次第というところがあるし、「じゃあ、どの情報素をどれだけ集めたら次のフェーズに移っていいだけ十分で、次フェーズの手段が、最適とは言えないまでも合理的に妥当だとどう分かるのか」
こうなってくると、かなり強力なNPCがいてほしくなる。国王と軍師とか。主人公パーティーは国王直属の秘密部隊とかでさ。そうすれば、軍師の人が「おお! なるほど、それはいい案だ。ぜひ決行してくれ!」とかある程度シナリオの側から背中を押せることになる。
*  *  *  *  *  *  *
こうしてみると、GMとしてプレイヤーの自由を奪うことばかりを考えていたみたいだけど、そうではなくて、これが「プレイヤーとしての体験を重ねる中で」頭をもたげてきたことについては、同調をいただきたいところ。
私も、一般概念としての「プレイヤー」も、もともと生身の人間であるからには、時間は有限なのです。
10時間セッション×20回のキャンペーン、とかを、いつか大当たりに出会うために、裾野広く参加していくのは無理なんですよ。
リプレイ本などのように、退屈時間を編集でカットしたり、会話を潤色したりしなくても、密度高く楽しい時間を過ごせる
そもそも、10時間の中で、楽しい瞬間が10分×5回とかしかなかったとしたら、それは楽しい行為と言えるのか?
みんなの捻出できる時間が、「2時間×10回」とかだったら、その「2時間」という枠の中で、ちゃんと楽しい瞬間に導けなかったらしょうがなくない?
10回なら10回のセッションに参加して、それなりに高頻度で楽しい思いをできそうだという期待感を持てる
みたいなことを考えていたわけです。プレイヤーとしての時間の中で。そういう中で、「プレイヤーたちを完全に放置してしまって、GMは背景に退くということではなく、迷ったり考えたりする時間に対して、ある程度は、ドラマやNPCを介してお膳立てしていく」という存在イメージを持ち始めたという感覚なんですよね。
from 2020/08/01-2020/08/07