TRPGのシナリオを作っていたとき
といっても、それぞれの地域の特色や、気候や文化を設定して、それをネタにシナリオを考えていたわけではなかった。あくまで人物重視で考えていて、各プレイヤーがキャラクターに設定したプロフィールや裏設定から要素を拾ったり、各キャラクターごとに葛藤を揺さぶったり、カップリングを仕掛けて情的に引きずり込んだりできるポイントを探すところから各セッションのテーマを考えていた。
また、キャンペーンの総セッション数というのも重要な数字で、その話数内でどれくらいの話数をキャラクター由来に振り分け、どれくらいの話数を最終決戦への盛り上げと、一行のパワーアップ的な展開に振り分けるのか、という一歩退いた視点からも考えていた。
にもかかわらず、白地図が必要だった。
一行が世界を転戦して、世直しをしたり、市井の人に触れたりしながら、最終的には暗黒帝国の魔都に挑んでいくという、流れを図示したもの。
比較的平和だった辺境から、周縁部をまわりながらも最終的には中心部へと進んでいくルートを見ていると、なんとなく思考が働きやすくなって、締め切りの恐怖にも勝てるようになった。
だから、TRPGのシステムをどれにするか選ぶ観点において、結構重要だったのが、「ワールドマップがないこと」だったりする。 私は、本伝を書きたい。
その世界で一番大きな事件をそのキャンペーンで引き起こして味わわせたい。だから、そのワールドや地図や地域の設定は毎回使い捨てにしたかった。過去や誰かの作った設定に縛られたくなかったのだ。
「アレクラスト大陸」や「呪われた島」の細かい設定が出てくると、たとえメンバーの中に “厨” がいなかったとしても、やっぱり邪魔になるのだ。
ドラゴンクエストの「2」や「3」みたいに、うまくはまればより大きな感動を生み出せたかもしれないけど、たいていそういうのはうまくいかないんだよな。
だから、毎回毎回地図を書く。
他方、私がいくら「ドラマチック系ゲームマスター」とか「感動系GM」だと自分で自己認識していたとしても、地図を全く書かないのも今一つ落ち着かなかった。 白地図があるとストーリーライティングが、なぜかはかどる。
元気が出てきて、ストレスが軽減される。
これはもしかしたら、物語がFPS的一次元世界に感じられるのが嫌だったというのもあったのかもしれない。その閉塞感や先の見通せなさのようなものを、脳が乗り越えたかったのだと思う。
そんな心理的要因もありつつで、それが当時私の書き方になっていた。