2024/4/21-2024/4/25
▷あれ……?(リプライなどの反応を見ながら)
この文を見たとき、「昔から、男だって歳上をころがしながら、お金とか仕事とかを若い世代に引っ張ってきてたんだよなあ」的なノスタルジーを捻って書いた文なのかと思ったけど違うのか? 買うほうの話題?! x.com/hazuma/status/…
それにしても、ぼくの世代の男性はけっこうみんなパパ活やってるんだな。
▷電源押しそうになるぞこれ
▷Ctrl + Alt + ……うっ pic.twitter.com/0njrXWg8IX
▷課金かなあ……
RT▷今後は新機能として「いいねやブックマークの取り込みと全文検索」「X社提供のアーカイブからのインポート」などの実装を予定しており、さらにBlueskyやMastodonといったSNSのログへの対応も構想中" API制限回避のためTwilogの自動更新を停止、5月1日導入の有料プランprtimes.jp/main/html/rd/p…
▷毎日、「今日は暑いのかな、それとも朝晩はそれなりに冷えるのかな」って考えながら生活するの疲れる。平年気温線に沿って、滑らかに暖かくなっていってほしい……
▷公共でまかなっている事業に採算性を求めてはいけない、採算のとれるものは民間でやるから、という文言があるけど、日本は人口も減るし少子化も進むし、維持しきれなくなる行政サービスはそれはそれとしてあるよね、とも思う。
RT▷「0.7掛けろよw 」と思ったけど試してみたらほほーってなった。
「値引き額」と「値引き後の金額」の両方求めるなら確かに早い。暗算の手間も無いし。
ただ3秒は盛り過ぎ。
▷通りすがりで読んでいる印象だと、グラデーションありつつplaneの読解迷う印象は頭ひとつ抜けてる感じがする。「driving cars」と「flying birds」の、2種類のing形の交点に立っている感じ。
flying plane can be dangerousや、driving cars can be dangerousはふた通りの意味があるのに、cooking meals can be dangerousにはふた通りの意味がなさそうなのはなんでだろ。
▷日本語で、数詞がいろいろあるのと、めんどくささがどっこいどっこいだな。
動物によって変わる「群れ」の呼び方
⇒(英語)
▷@rashita2 なるほど。
「最高にロックだ」みたいなのは割とうまくいっているパターンですかね。「ロックであるとは何か」みたいな問いが、極端に微分された形で残っているというw
▷でも、言葉が歴史とともにニュアンスがゆがんできてしまったり、文化的経緯で別のニュアンスのある言葉になるのは当たり前じゃん? それなら、「そうなってしまった」言葉はそのままでおいて、その新しい定義には新しい単語を考えたほうがいいんじゃないかな?
▷「正義は人それぞれではないし、暴走するものでもない」みたいな示唆の仕方があるじゃん?
「そうじゃなくて、こういう考え方のものとして、「正義」という言葉をとらえ直そうよ。正しさというものはまだ役割を終えていないよ」みたいな。
▷「あなたの悩みと思考の経路、いいですね。天才! あなたはカントと同じくらい天才!」とかくらいに持ち上げておいてほしい。
▷哲学の権威を教えてくれるのではなく、市民一人一人を、哲学の中に位置付けてくれて、自分の悟りや価値観に、哲学の権威やお墨付きを付けてくれる役割としての、哲学コンシェルジュ的な関わり方。
▷その悩み哲学者が答え出してます、じゃなくて、「いい悩みですね! その問題設定は誰々と同じくらいいいですね。そしてその気づきというか悟りについては、哲学では○○という用語で呼ばれています!」みたいな感じで教えてくれないかな。
▷くだらないツイートを読んでしまうのは対時間効率が悪い、娯楽じゃない読書をしよう、みたいな言説は、どの時間もエネルギーの湧き方が均一である幻想に基づいている。
▷ツイート読むしかできないときには、ツイート読めばいいじゃん(自己言及的文言
▷「ライフハックとしてのビジネスハック」
▷scrapboxを使っていて、「このフレーズ、たぶん使うの初めてじゃないよな。遡って探して、リンク付けしておくか」と考えたとき、検索に5個くらいヒットするとちょっと困るよね。最初の2ページ分くらいに"括弧付け処理”をして、3個目をやろうとすると、もう括弧の付いてない検索結果が見えなくなる。
▷カロリーだけは本来ならキロカロリーなのにキロを省略するのが不思議ですね。
300メガバイトのギガ
▷通信容量、という意味だと、いまだに「パケット」という言葉を使ってしまう。
RT▷VHSの授業は「まるごと」をそのまま教えれば問題ないと思う。っていうか「まるごと」ってドイツのVHSのために開発されたような印象があるんだけど…ケルンの文化会館で出版前にお試ししてなかったかな。VHSの日本語教師会はいい研修もしてるし、お勧め。 x.com/takochan_de/st…
▷このツイートを見かけて、「んん?」と思ったから、Googleで「ドイツ語 講師 VHS」って検索して、それなりに「これかな?」という情報がヒットしたんだけど、「VHS」だけで検索したら、やっぱりあれがトップで返ってくるんだよね。
▷これ、今回はググる技術的な動作だったわけだけど、ChatGPTなどのLLMに聞く場合でも、結局は壁になる技だと思う。
▷昔のググる技術だと、キーワードを区切って入れる、という側面があって、それは文法はむしろいらない、という暗意として語られていたけど、そうではなくて、「会話や応答として頭に思い浮かぶフレーズだけでは、文脈が抜け落ちてしまいそう」という直感を感じられるかどうか。
▷暗意という造語。
▷策の作為というニュアンスが強くなく、でも趣旨や動機という意味を含んで「意図」って感じの言葉が欲しいなあ、思いつかなくて「地と図」って言っちゃったけど x.com/ikkitime/statu…
▷さらにいうと、「地と図」っていいフレーズなんだけど、熟語化させて「地図」って言えないのが不便といえば不便。
地字とかか。
▷ホリミヤじゃないけど、アニメけいおんのコミカライズが読みたい。
▷四コマを四コマじゃない形で表現しなおすというか。
▷新幹線の座席はある意味ボックスだものねぇ。
▷自分(四十代おっさん)が、通勤時間帯の普通列車に乗る場合、割と、空いてるところにすとんと座る。
7人がけ2本に空いてるところが2・3個で、出入り口近くの正方形の空間にも、空間それぞれに4人ずつ立ち人が現れるくらいの空間。
▷そうすると、空いてる複数スペース(席)の中に、「避けられて空いているのかな」感覚を自分が感じる席がどちらかにあったりする。あったら、そっちにする。
▷それは、がたいがよかったり威圧感のある男性のこともあるし、半周回って痴漢に敬遠されそうな、綺麗だけど派手な女性だったりもする。
▷その横に身を投げ出すというか、詰め込んでいくというか、それは身長165cm無い系男性、体重50kg無い系男子の勤めなんじゃと勝手に思うことにする。サラリーマンだからスーツだし、マスクしてるから、顔もそこまで生々しく晒してるわけでもないしな。
▷サイアクほどじゃなく、グラデーションの一部になれる感じで。
▷システムの中に生身という感情を詰め込むと、その境界面では、みんなが少しずつ我慢する、ことを求められる。 ▷まあ、ワシが20代イケメンだったら、もっと良かったのだろうけどな。でももう少しすれば枯れた初老じいさんになってきて、もっと無色透明になってくるはずだよガハハ
▷この一連の中で、本当に文字にして残しておきたいのがここだけだったとしても、あえて起点と文脈から語り起こして、デイリーノートの中のログとして作っておくという語り方。 x.com/ikkitime/statu… ▷エアリプ的語り、というのは案外ツイッターフォロワーにとっては、裏読みできすぎたり、さっぱり意図というか地と図が伝わらなかったりするということでもたる。
▷(民主主義ではなく、その皮をかぶった)資本主義こそが、旧文化でよくあつされてきた人間をよく解放したように、「詰め込まなければならない」という規範性こそが「なんとなく嫌」な人が隣に座ることをドライブさせて事態を前に進める。
▷プロテストの最初の一歩、生のライブ感としての工夫とかハックとか。
▷自分にとって倒したい影みたいなものって、「自分のなまけ心を克服したい」「ひとの顔色をうかがってばかりの私じゃいやだ」「臆病で、やる前から諦めてばかりの自分を変えたい」みたいな要素なんよな
▷だから、仮に、「薬物で自分の脳をチューンして、楽観的な気分で仕事に臨む」って、私にとったらハックなんだよ。
逆に、「生権力への抵抗として、なににも本気になんてなってやんない」みたいな姿勢は私にとってのハック的態度たりえない。
⇒まあ、これはまだ技術的に「できない」から言っているだけ、というところもある。本当にできるようになったら、「動機が安易」って感じで、抵抗するかもな。ある程度は。
▷思いの最大規模のところとして、「ちょっとした動作で、測定可能なまでに、自分をとりまく社会や政治を変えられるハック」が欲しい、と夢想してしまうわけだけど、これはさすがに無いんだよな。
▷自分の物語を書きかえる技術。
▷連ツイって、真ん中あたりが折りたたまれて流れていくのがいいですよね、なんて。
▷@norixnori コーヒーって、旦那さんだけの趣味じゃなかったのか……
▷@norixnori 「飽きて」←ワハハ。
まあ、趣味人というか男親あるあるなのか? だけど、それで味覚のドアが開いて無駄な投資にならなかったのなら、結果的にはいいことだったのかもね
⇒話のというか感情の構造として「オタクにやさしいギャル」の構造がある。それをガツンと亜人のいるファンタジーにすることで、現実の細かいリアルを取材しなくてよくなるし、見せ場もより派手にできる。(そういう発想で書かれたかはさておき)
ただ、たとえばこれをテレビドラマでやるとしたら、ばっさり「ギャルとオタク」の学園ライフにしちゃう方が、多分消化しやすい。
⇒これも「亜人と人」ただ、こちらは男女学園ラブコメではなく、百合。
『ようきなやつら』
妙な話ですが、人と人が直接相対するよりも、「本」というオブジェクトを経由して語り合うことでよりお互いのことが知れるようになる。たしかにそういうことがあります。
なぜそんなことが起こるのかと言えば、人とは独立的なものではなく、関係的なものだからです。思考が現象であるのと同じ意味で、「あなた」というのも存在であると共に、現象でもあるのです。
玉手 一方、西洋の「正義」は、たとえば英語で言えば"justice"で、「司法」と同じ単語です。そのことからもわかるように、西洋の「正義」は、対立している意見や利害を、苦渋の思いで調停することや、そのための基準というニュアンスを強く含むものと言えます。
対立の調停という意味での正義は、決してそれを行使していて気持ちの良いものではありません。悪者を倒してきれいさっぱり!というものではないのですね。自分は正義の味方だ、といって正義を行使したがる態度とは距離があります。そしてもちろん、自分は正義で相手は悪だから何をしても良い、というようなことではまったくありません。
ただし西洋にも、「正義の戦争」と言うときのように、「全面的な正しさ」が前に出た「正義」の用法もあります。
現行の正義のあり方、つまり利益と負担の調停のされ方について、納得できない人は、ついつい「正義は人それぞれ」と言ってしまいたくなるかもしれません。しかし、重要なのは「人それぞれ」と言うことではなく、「納得できない」と意見を表明すること、そして、納得できる正義をなんとか見出していくことです。
「俺の正義は俺の正義、お前の正義はお前の正義」と言ってしまうと、結局はパワーゲームになってしまうと思います。その意味で、「正義は人それぞれ」はやや危なっかしいところがある表現なのです。
これは、告白してはだめだ!
@ 97%
なんせまだ「告白」に適した段階にない。語られてることに、君の思い出しかない。一緒に遊びに行った、好きな音楽の話で盛り上がった、そういう「二人でのこと」がない。その状態で告白する/されるってのは、メリットがない。人間関係をぎこちなくして終わるだけだ。
しかも、君もあんまり多くを学ぶことができない。
「思いを大声で伝えたけれどだめだった」という度胸試し的な意味しか残らない。なんというか、恋としての蕾がまだ小さすぎる。
告白よりもっとずっと前のことだ。
たとえばいっぱい話してみるとか、先輩の好きなものを聞くとか、そういうことをしなきゃいけない。
「彼氏の有無を聞く」なんかよりも、ずっと優先順位が高い。
なんせ先輩はモテる人なんでしょう?人からの好意が鬱陶しいとか、面倒くさいとか、そういう感覚を持っていても全然おかしくない。そういう人に対して唐突に告白するのは、敗退行為に他ならない。
向こうがどんな人なのか、たぶん君はまだ知らない。先輩が君に言った言葉の通りで、君は先輩のいいところしかまだ知らない。よくないところもいっぱい知って、それでも付き合いたいって言ってる人に、今のままだとどうやっても勝てない。
だから、いま必要なのは告白のための勇気じゃない。仲良くなるための勇気だ。頑張れ。話しかける。アプローチとか以前のところで、とにかく、仲良くなろうとしる。先輩の好きなものを3個くらい聞き出せ。それを君も好きになれ。
僕は「なるべく言語化しようぜ」派ではあるものの、言葉は現実の一部を切り取り人に伝えるためにハイライトするツールなので、言葉にした瞬間に本の現実からは厳密には離れてしまうため「言葉にしたくない」という気持ちもよくわかる。
文体というのはフィジカルなものという感覚があるので、文体の変更は肉体改造的な趣を感じる。
からかい、揶揄や嘲笑って評判悪いですけど、別に上からだけでなく下からもできるんですよね。道化、戯作者、風刺。そう考えると、江原由美子さんの「からかいの政治学」の翌年にデビューした上野千鶴子氏は下からのからかいのスペシャリストだったのでは?ということを文フリ同人誌の原稿に書いた。
個人的な性癖ですが、自己犠牲献身野郎がその度に周囲から「お前も!数に!!入れる!!!!!」つて首根っこ引っ付かまれて叱られて、最初首捻ってたのが最終的に「どうも自分も数に入れられてるらしい」って把握して、最後の選択肢を放棄するのを「叱られてしまうな」と思い直して留まるのが好きです
正直模写をある程度できるような、線を思った通りに描く力さえ備わっていれば後は知識を溜め込んでいく作業になるので絵ばかり描かなくても絵が上手くなる機会は街を歩いているだけで沢山あるんだよな。
現実の観察は爆速で絵を描いていく作業みたいで凄く楽しい。間違いがないからストレスもない。
クレーマーとは「特別扱いしてほしい人」なので、ちょっと声を低くして「じつはですね...」と「なぜこういう対応になっているか、あなただけに裏事情を教えます(実際は裏というほどでもない)」的なアプローチをすると、納得はしないまでもかなりトーンダウンはする、と春日武彦先生の本に書いてあった
昔の若者はパンクとか現代美術か尖ったものが好きだった気がしますが、今の若者はもっと古いものも素直に受け止められる。学校教育があまり関与しないのが、よいのかもしれません。
茶碗盗んだ奴、完全に保護が必要だった人間で笑えない
・小さい頃から体に障害あり (病名不明。医者に診せず放置されていた可能性あり)
・中学時代は不登校
・勉強に目覚め大学を希望するも、父親に金が無いと一蹴される
・障害のせいで定職に付けない
・父親の年金と本人の生活保護で極貧生活
人びとがみな哲学的に対話すればかならず世界がよくなるだろうという、典型的にダメな哲学者の欲望だなあ。
もう一つ。とりわけ男性にとっては「セクハラ」のレッテルを貼られたら、社会的生命はそこで終わる。今は女性でもそうだろう。
私が問題にしたいのは、それが濡れ衣だと分かった時、濡れ衣を着せた(着せるような紙面づくりをした)新聞や雑誌は名誉回復に全力を尽くすべきだということ。
⇒社会的制裁は解除の仕方が分からないから、極力やっちゃいけない。
日記
かって私を嫌っていた人が
状況の変化もあり
気さくに話そうとしてくるように
その決意に応じようと決意
双方互いの目を見すぎ
フェミニストが反論されたときに「女性交際経験あります?」「あなたモテないでしょ?」みたいな逆セクハラしてくるの、フェミニストが嫌悪するセクシャルハラスメントそのものだろ。男性が女性に向かって「あなた処女ですか」と言っているのと全く同じ構造だぞ。
嫉妬は「その方向に努力しなきゃならねえ」ってサインだよ。
田舎で死にそうになってる人の大半がなんか知らんけど車を使ってなさそうなのが本当に気になっている。
田舎で車なし縛りするのは東京に上京して電車禁止
縛りして駐車場付きの家借りるくらいの自殺ゲーだよ。
田舎で就職したら死にたくなるほど田舎が嫌いになった話
嘘みたいだけど実は7割以上を占めるもの
・公立中学出身者:93%
・20代のテレビ視聴習慣:77%
・フレックス未導入の企業:94%
・パスポートを持っていない人:83%
・年収700万円以下:84%
・世帯の固定電話保有率:70%
Twitterの情報は偏ってるから注意だね
私は短歌を「どれだけ心のパンツを脱げるか」という競技だと思っていたのですが、小島なおさんに「普通歌人は『どれだけかっこいいパンツを履くか』で戦っているところに上坂さんはどうにかしてパンツを脱ごうとしている」と言われ、一人だけ別ルールで戦っていたことがわかりました
#歴史知らない人が嘘だと思うけど本当の事言え
史上最悪の作戦と言われるインパール作戦だけど、下手すると、イギリス軍にとんでもない大打撃を与えてしまえるチャンスがあった。
なお、それを命令していたのが牟田口廉也であり、イギリス軍は冗談抜きでそれを恐れていた。
日本「やってやろうじゃねえかこの野郎!」
イギリス「え?コヒマ陥落?あ、ディマプル取られた。オワタ......
一時的とはいえ援蒋ルートが遮断されるわけで大陸打通作戦が史実より上手くいく可能性はあると思います。ただそれ以上は望めないでしょうね、戦力に差がありすぎて広がった占領地を長時間維持できるとは思えない。
正直、インパール作戦も大陸打通作戦も一発逆転を狙いすぎて繋がりがない作戦ですからね。
だから、大陸打通作戦を本気で進めるならインパール作戦はもっと上手くやらなきゃいけなかったし、インパール作戦をするなら大陸打通作戦ぐらいの大作戦にしなきゃいけなかったはずなんですよね。
おい嘘だろ...。
←平成のセシルマクビー
令和のセシルマクビー→
マルクス・ガブリエルが「町単位で年齢や職業を問わず集まり魂の永遠性や普遍の正義について語り合いながら夕食を取る家を作ればよい。我々哲学者はその席に立ち会う義務を負う。そうすれば世界はずっと良くなる」と言ってたの大衆の殆どはそれが苦痛だと分かってないのも含めてマジで好きなんだよな。
自身の家庭環境の悪さや精神疾患について話すときにすごくイキイキする人がいる。
ストリート育ち的な、ハンディキャップが一種のアイデンティティになっているんだろうな
「遅筋と速筋」としたかったのだが「チキンと側近」に変換された。
⇒絶妙にどっちも人間
某街歩きは極端に露悪的だから炎上していたけども、例えば金沢の茶屋街をなんとなく和風なものとして観光することも歴史的差別の文脈を無視して表層だけ消費する行為な訳で、程度の差はあれ似たようなものよな。観光とは結局表象的な消費であり差別を不可視化し、強化する可能性が常に付き纏う行為
え?みりんって年齢確認いるんすか?
興味深い試み。ただ美しいだけでなく、どれだけ人間的な個性を生み出せるかが競われるフェーズに入ってくるのでしょう。/世界初の“ミスAI"を選べ!
「人工知能の美人コンテスト」が開催へ美しさやSNSでの影響力、内面の豊かさを問う質問も
世界初の"ミスAI"を選べ!「人工知能の美人コ
実に賢く素晴らしい勉強法だと思います。頭に入りそう。シラバスから授業内容を予測し、実際の事業との差分をメモ。さらに試験問題を生成AIで予測して勉強。/今日話した大学生の授業の受け方、生成AIの技術をフルに使ってて隔世の感がある→賛否両論さまざまな意見が集まる
⇒人間の脳はなかなか活性化しないので、問題を出してもらうのは有効だし、板書するだけで疲れちゃう人は、土台になるノートを作っておくのはありと言えばありあり。
差分修正し忘れて、言われていないことがノートとして残ったままになっちゃう可能性はあるけど。
⇒まあ、シラバスはざっくりすぎて生成できるか謎って言ってる人の気持ちはわかる。
コンサートの絶対鳴っちゃいけないタイミングで観客のケータイが鳴り出すんだけど
あの短時間の機転で完全に自分のステージの一部にしてしまってるの音楽のライブパフォーマンスとして最高なんだよな
クラシックのステージだけどライブバンドも、コメディアンにさえも一見の価値があるな笑
知識がなくても「他人が真剣に作ったものは笑わない」ってスタンスを取れてるだけで賢明で聡明でスマートって感じがする。知性というか知的姿勢。
25歳のとき、35歳なんて無理だったのに
35歳の今、、35歳の独身男性がいかに貴重か思い知らされている。
だから一刻も早く捕まえとくべきだったんだ。
これって、25歳なら同年代わんさか居たけど、35歳になると同年代居なくなるからさっさと同年代捕まえておくべきだったって解釈でいい?
⇒これ、そういう風に脳内に「言葉」が思い浮かんじゃったんだろうから仕方ないんだけど(推敲するほどのテーマでもないし)、他人に分かってもらいたい前提の言葉としてはかなり問題がある。「10歳年上でいいから妥協して捕まえるべきだった」というふうに読めるよ。そして、「いや、でも、それをやってたら相手は今45歳になってますが」って思ってしまう。
その「感慨の言葉」を取っ払っちゃうと、「25歳のころの自分は、「結婚なんてまだまだ」と思ってて、そうしてるうちに、同年代はそれぞれくっついちゃって、自分は売れ残りになってました」
という、言い古された構造なんだよね。
「ベルリンの壁」を大人になるまで
西ドイツと東ドイツの国境に縦に壁があった、とまじめに考えてたワイ
婚活だからお相手に身長や年収とかのスペックで選ばれるのは仕方ないと思うけど忍たまのこういう2人に憧れる
鳥山先生のDQIVの女勇者さんて、太ももの内側の線がセクシーよね。
子供の時からここが好きで、PS版のガイドブックイラストを描いた時にはわざと入れております。
「コツコツカツコツ」
cyblog.jp/35873
「この人凄いな」「どうやって作ってるんだろう」と思って聞いてみると、ほぼ確実にただコツコツと作ってる。
裏技や近道なんてない
意思表示 ♯軽い気持ちで描いたら思った以上に反響があった絵
仇討ち意思表示カード
35歳おじさんが女児向けゲームにハマる訳(1/5)
X (Twitter)ちゃん、良いなと思ったおすすめツイートを勝手に更新して見つけられなくするのやめてねな漫画 (1/2
登場人物紹介は標準装備すべきなのだが、それとは別に、キャラが再登場するときに名前しか出さないのをなるべく避けて、たとえば肩書きを添えるとか、お決まりの容姿描写をするとか、そういった工夫も重要だよな、との思いを新たにしている。
助教授(かって存在した役職で、原則終身雇用だった)、助教(かっての助手で、原則終身雇用ではない)の違いが分かってない裁判官は、キャンセルした側とされた側の大学世界内での圧倒的な権力関係を理解できていない可能性がある。
団塊世代から僕らバブル世代まで、不良を気取る男というのがたくさんいて、その弊害が大きかった。
氷河期以降の世代ではそういう男が減ったのはよかったが、逆に道徳シグナリングが蔓延してきた感じがある。
極端から極端に振れてるが同じ根っこの層がやってることだと思う。
団塊世代では女性にも少数ながら不良を気取る(オラつく)人がいて、バブル世代以降増えた印象。彼女たちのは2層構造で、不良であることが道徳シグナリングになるという感覚を持っているのが見える。
不思議なもんで、自分は市井に潜伏中の悪人であると思うと、電車で席を譲ったり落ちてるゴミを拾ったりすることが楽しくなる。
自分が悪人だと思えばこそ、理不尽な目に遭ったり話が通じなかったり侮辱されたりすることへの耐性も高くなる。
自分をいい人だと思うとそういう耐性はダダ下がる。
僕の周囲の「ふつうの」おっさんやジジイは、たとえこのように言語化してなくても、大なり小なりこういう生きかたを選んでいるように思える。
女子にこういう発想がレアなのは、「あなたには善性がある」と囁きかける呪いがかかってることが多いからかな。
「自分は市井に潜伏中の悪人である」と思うとメンタルが健康になり、仕事の効率もよくなる。悪人健康法。
副作用は、そうね......神をじたくなることかもね。
自分は善であると思うために神は不要(なんなら邪魔)だが、自分は悪だと思うためには神の概念が役立つからだ。
「あなたには善性がある」、これが先進国女子にかけられた最大の呪い。
これに比べたら「産め」「理系に行くな」「綺麗でいろ」「高いヒールを履け」「出世するな」などの呪いは実在しないか、したとしてもせいぜい女性村ローカルの因習程度のものです。
もう本当の善人になっちゃった方が楽では?
そっちのほうが茨の道なのです
このスレッドって、広義の「文学」がたまには人を救うこともあるよって話だったんだな。
ところで、『道徳シグナリング』とは、『美徳シグナリング』とは別個の概念なんだろうか。
検索かけてもよく分からなかった。
ご指摘ありがとうございます。誤記です。
これは本当ですね。つまり「悪=かっこいい」ではなくなったのです。でも「行き過ぎた善」というのも問題があって、そっちの方が目立つようになりました。
情報をまとめる際、大きなテーマ・関心領域と、具体的な企画案という二つの切り口があって、その二つは異なる分類を作り出す。つまり大テーマ→企画案という綺麗な階層構造にならない。
憧れはあるのだけども、そこにまっすぐ向かっていけないもどかしさもまた一緒にある、というような。
文化的・教養的なものは、欲望の模倣的な動機もあるだろうが、それだけではないのではないか。
死ぬまでの時間を埋め尽くせるほどの「コンテンツ」が提供されている。でも、やっぱりそれでは足りないというような気持ちが残る。でも、高尚な知は威圧的で近づきがたいし、「自分なんかでは」みたいな気持ちもあり、もどかしさだけが幽霊のように漂っている、というような。
『がっかりしたところからはじめる知的生産』とか『どうしようもない知的生活』とか、なにかそういう"再編・再構築"が必要なのではないか。
オタクの地位が上昇したというよりも「コンテンツの拡大により社会におけるカーストが高い人々もオタクを自称するようになり、それまでオタクとされていた人々は"陰キャ"と呼ばれるようになった」が正確なところで、現在はさらに陰キャも自虐ネタとして消費され、新たな蔑称として"チー牛"が定着した
「美味しんぼ」の話題になるたびに思うことがあるんだよな。若い人にはじがたいと思うが、今から
3~40年前くらいにはああいう風に他をけなす人って、普通にいたんだよね。「何かをめる時に何かを貶めるのをやめよう」って概念、本当この15~10年くらいに広まったもんだよ。
「日本は発展途上国になった、貧しくなった」って人は、どうせバブルの頃は「本当の笑顔がなくなった、金より物より心」とか言ってたんでしょ。と思ってる。
アイレベル困ったら腰の高さで撮れ!!
・腰の高さ→映画でよくある普通の印象
・立ちの目線→ややフカン、大人目線
・膝の高さ→ややアオリ、小動物目線
つまり腰の高さ以外で撮ると特殊な意味になる。
よく状況を理解したいがあまり俯敗気味に描いてしまう人が多いが臨場感がまるでなくなってしまう
「ナチスのユダヤ人虐殺はドイツ人の持つ特殊性に起因するか?」という数十年来論争が続いた問題を、そのユダヤ人当人が二度目の喜劇として同じことを繰り返すことで論争に終止符を打ったのは、歴史の皮肉にしても出来すぎだろう
死に票が少ない点が利点と言われがちなのですが、実は(連立政権づくりの過程で) 政治家同士の交渉に多くを委ねざるを得ないという点では非常にエリート主義的な制度なので、そういうことなのかもしれません......
⇒政策の対立軸が作れないから、日本人に二大政党制は向かない、的な。
⇒しかし、与党にプレッシャーをかけないと、腐敗や怠慢や保身への潜在的プレッシャーが弱くなってしまうのが、なんとも。
⇒理想は、安定与党がなくても、議員立法の政策単位の投票で、党議拘束なく投票して、都度決まったり決まらなかったりしても内政が進んでいくことなんだけど。
大英博物館には略奪品がたくさんあるが英国が暴力で奪った「ガチの略奪品」と、現地人にとってゴミでしかなかったものを西洋人が拾ってきた「一応、略奪品」の2パターンがある。
前者はアシャンティ王国の宝、後者はロゼッタストーンが該当する。
⇒ロゼッタストーン捨てられてたの?
これ、裁判官ガチャやったんじゃないの。担当が決まったら取り下げるを、狙いの裁判官が出るまで繰り返すやつ。運動系のひとたちの常套手段だってきいたことがあるけど。うろ覚えなので詳しい人誰か説明してほしい。それなら高裁では使えない手だから控訴審でひっくり返せる可能性ありそう。
良いか悪いかは別として、男の共通の価値観として「子孫繁栄」「自集団の維持」を良しとしているところが根底にはあるのよな。だから反出生みたいな集団が生まれにくい。方法論の違いで対立が生まれることはあれども、本能に関してのバグが生じにくい
お嬢様ずんだもんとか産休クッキーとか、何も悪いことをしていない女性が同性から袋叩きに合う事案はかなりの頻度で見るけど、男性がそれをやっているのは殆ど見かけないの、なんというか"女さん”らしさが表れていて趣深いな...
<ハイエクは....自由は人間の価値の中でもっとも重要なものであるが、それは社会の漸進的な変化によって実現される必要があると論じた。..ハイエクは自由主義者であると同時に、現代の政治的な立場としては保守主義者であるという二面性が与えられることになったのである。>
ええと、批判してるのではなく、そういう「武士道」のモデルは典拠付けられるのかなと。武士道というのは、どう発生し、どう展開したかという知的興味です。ちなみに、和時代の日本人の武士道感は明治時代の擬古演劇からでしょう。武士が食えなくなって芸人になった際の劇的なファンタジー。
武家で面白いのは、基本的に海戦なんですよね。なんとなく、陸戦のイメージになってるけど。まあ、馬だから陸かというのもあるだろうけど。
では、発生期における「武士道」とは、だけど、多分、氏族の地域ネットワーク。多分の多分、商業の付随だろう。
こうした「武士道」の、思想の一つの頂点となるのが、『葉隠』で、これは多分、忠臣蔵へのアンチテーゼ。
現在の「武士道」というのは、日本刀幻想と結びついているけど、こうした思想としての武士道というのは、鉄砲(火器)の登場で刃物が無意味になって登場してくる。宮本武蔵かいい例で、ようするに彼は、パフォーマー(芸人)。
大納言、中納言なのに、なぜ小納言でなく少納言なのかという問いを見かけた。で、解答らしきはなかった。
大人と子ども(小人)、子供と少年と中年、あたりの語感からは、「少」は「次ぐ」だろう。
ロマン感情をきちんと市民社会の中で発散解消するという祝祭的な役割は、アニメや映画、オペラなどに課せられているとも言えるのではないか。 というのは、市民社会というのは、それ自体である種の宗教的装置たらざるを得ないのではないか。
マルクス・アウレリウス『自録』には、朝起きられない時には自分が何のために創られたのか考える、お前は布団でぬくぬくするために生まれたのか。と書いてあるんだけど、うるせー、俺は布団でぬくぬくするために生まれたんだよ 「蛮族」との戦いに明け暮れたマルクス・アウレリウスを思うとしんみりはしますが。
補足するなら、そうでなければ、基本的人権にそうした普遍憲法が可能になってしまう。
余談だが、日本の浅薄な左派は、暗黙にこの普遍憲法を前提にして、日本憲法になぞらえてしまっている。これがウルトラナショナリズムでなくてなんだろうか。
社会の宗教性は、然ながら、曖昧で、かつ危険なものでもあるだろう。なんとなれば、法権力に倫理が対峙してしまうからだ。そして、もっと介なのが、「お国柄」であり、実は、constitutionと呼ばれるものの本体だろう、ということだ。
「良心的兵役拒否」は何に基づくかといえば、漠然と基本的人権ではあるだろうが、僕はよくわからない、と、いうか、ここで市民社会の潜在的な宗教性は関係してるだろうとは思う。
このあたりの法学・哲学的議論は皆無でないが、なぜか、あまり関心持たれてない気がする。
類似の問題は、徴兵制にもある。国家が正当手順で徴兵制を敷くとき、市民は拒否できない、が、兵役職務の選択は可能でなくてはならない。いわゆる「良心的兵役拒否」である。
この、実質的な含意は、法が十分に市民を護らない領域があるということで、しかたない。ただ、市民は、最終的には、職を辞すことでそうした職務規定を免れることはできるし、残念ながら、その決意の可能性は市民の存立の基底にある。
権力と倫理を、社会の全体功利で捉えられると、悪しき循環論になると思う。
そして困ったことかもしれないが、そうした「お国柄」としてのconstitutionの強化に、文化研究や古典研究は寄与してしまうだろう。
やぶ蛇議論に突っ込むと、移民の問題もたぶん、法と制度では対象できない現実問題が、必然的に、起きるだろう。表向きの法制度論理と、「お国柄」としてのconstitutionには矛盾があるからだ。
僕自身も聖徳太子仰はない。でもそれが、仏教という普遍性と、日本という「お国柄」の奇妙な統合である点は興味深い。
現代の日本人は、まあ、聖徳太子仰は失っただろう。仏教学者は目も向けない。真宗教学てすらそうかもしれない。なにより、聖徳太子仰には史実は何もない。ただ、仰されていただけで、何故か親鸞もそうだった。
この歳(66)になっても芸術・文化学を学ぶことに無意識の抵抗がある。「いくら好きでもこんなのは趣味で、将来なんの役にもたたない」という我が人生の呪い。もう「将来」なんてないから、ようやく取り組んでるのに、なかなか呪いが解けない。
興味もってこそこそ学びながらも、哲学や社会学、心理学も、こんなの意味ない学問だなあと思ってたというか、呪われてたなあ。でも、言語学だけはやった。
ただ、言語学を学び、世の中の「言語学好き」とかなり乖離した。なわというか、自分、言語学は好きだが、「言語学好き」とは違うなあと思ってた。
言語学なんてなんの役にもたたないが、自分の脳が言語学みたいにできててどうしょうもなかった。
というか、公益のあり方の問題。今の状態は、新型コロナ「ワクチン」被害者を切り捨ててるようなもの。昭和に逆戻り。
「君が代」がうんたらというなら、「難波津に咲く
やこの花冬ごもり 今を春べと咲くやこの花」をお
のメロディーで歌えばいいんじゃないか。
⇒よく考えたら、57577の短歌なら、なんでも君が代のメロディーで替え歌にして歌えちゃうのか。
最近読んだ本では、西洋人の価値観は「芸術は現実の模倣に過ぎない」というプラトンの説や、偶像崇拝を否定するユダヤ教・キリスト教の文化に基づいているため、「色気のある架空の絵」のようなものをあまり受け入れないということが書かれていた。
これに反論する証拠はいくらでもあるのだが、それでもフィクションを規制することに固執するのは、少なくとも彼らの価値観や文化がこういったことを許さないからにほかならない。
⇒「欲望を抱いて女を見るものは心の中で既に姦淫している」の文化的美意識(宗教)が大きかったりしないかな、と私は思ってみたり。
ヘリコプターの墜落に、わざわざ「他国の関与は認められない」
と政府が言わなきゃならないくらい陰謀論やデマが酷いという話なんだが、実際は「政府がわざわざ否定するくらいだから、何かある
に違いない」
と思うのが陰謀論者
イスラエルとハマースの紛争は本当の殺し合いなんだが、イスラエルとイランの応酬は、空手の演技でも見せられているようだ。イスラエルとレバノンやシリアのイラン影響下の組織との間は本当の殺し合いだし、イランの核の専門家の暗殺とかはするが、国同士はまだデモンストレーション的
池内恵先生が「学者には自由を与えるべきだ。しかし権力を与えてはいけない。」と仰っていたのを思い出しますね。
IQ高い人の大半は権力を手に入れたらお気持ちを振り回したい生き物なのであって、真理の探究に興味がある人ってほんの僅かなんだろうな
肉屋は肉を売るために豚を育てるが、肉屋がなくなったら豚は商品価値を失うから、野生に戻って弱肉強食をやるしかなくなるのよな。
実際肉屋が滅び、豚の需要がなくなって彼らが野生に解き放たれると、豚はおそらく絶滅するので「肉屋を支持する豚だ」の反論は「その通り」で十分
組成された知識を教えてはくれるが、知識の組成の仕方は教えてもらわない。
だから、流行りのコンセプトの受け売りばかりになるのだろう。しかも、劣化コピーになってい
く。
「俺は就活しない!いつかラノベ作家になる!」
「そう言わずに3年くらい一般企業で働いたほうがいいよ」
「うるさい!社会経験なんて不要だ!!」
「そうじゃなくて」
「?」
「その3年間でクレカを作って綺麗に返済しておくと、会社を辞めた後も新しいカードを作ったりローンを組んだりしやすくなる」
男性が悪者になる作品を作ることは何の問題もないと思うが、そういう作品を男性が見ないことまでは責められないような気がするが、そこは何か理屈が立つのだろうか。「マジョリティ」のnot for meはどうなのか問題。
ともあれ、実際は男性が悪者にされていることにケチを付けたいがために見るという層が一定数いそうなので大丈夫なのかもしれない。アンチもまたファンである理論。
イジメの原因はいろいろあるけど
「娯楽が少ないと、人間は人間をオモチャにする」という集団特性が大きいと思ってる
解決方法は「娯楽の提供」(ストレスの緩和)なんだけど、だいたい逆の対策をやらかして、オモチャは壊され続ける
イジメから逃れられないときは「オモチャになりきる」ことで、壊されにくくなるぞ!
人間に戻れなくなりがちだけどな!!
れっつ人外ライフ!!
鶏33羽の世話をしてた時、雄が2羽で集団で体の小さな雄1羽を虐めていた。
その鶏が死ぬと、次は雌の小さな個体が虐められた。
それを見た時にイジメは本能でなくならないんだろうなって思った。
でも、夜はみんなで塊になって温まっていたんだよね。
俺は人間の方が怖い。
ジワジワ上がり続けたら全然儲からないですからね。1ー2年に1度の調整、10年に一度の暴落、それらの局面でも同じペースで積立をする(安く買える)
から、長い目で見て年利5-10%が実現できる。
個人的には思いっきり買っちゃってるけどね
下げた時
下がったら買う
上がったら売るこれの繰り返しだけ
例外は昔のJAL
倒産するとは思わなかったから
東電もそうですけど、何が起きるかほんと分からないですからね、
そういう意味ではやはり分散は必要ですね
なるほど、50以降は手を出してはいかんな。
50以降は暴落にも備えた戦略が必要ですね
あと、働くと、え?自分有能って思うことも。(魔界へようこそ)
ほとんどの学生の皆さんは、働きたくないって思うかもしれないけど、あの学生時代の何者になれるかわからない不安を抱えているよりも、社会人になったほうが楽だったりもするのよ。
邪神に脳改造された不良「俺ァバカだからわかんなかったはずなのによオ......」
何かを1から作る能力より、すでにある何かを問題を起こさず追加したり削除したりする能力の方が圧倒的に求められるのだが、チュートリアルは1からばかりなのが難しいところ。
選挙妨害されない為に、各政党が自団を作るようになったらいよいよワイマール共和国未期になるわな...