2024/2/6-2024/2/10
▷若いころは、「同じ暖かさなら、スウェットのほうが洗濯機で洗えるしシワにならないし、気楽〜」と思っていたけど、段々と「重いし、意外と伸びないし、セーターのほうがましかも……」と思い始める。
▷いやしかし、きょうだいって仲良くしないもんなんだな。表立って喧嘩こそしないものの、事務連絡で声をかけることすら引き受けようとしないもんなー。
▷コンビニの有害図書。
▷子育てをしている身からしたとき、それはまあ、5歳の子に、「この人なんではだかなの〜?」と聞かれたら、親も気まずいし、もうしばらくは無邪気なまま生きていてほしいしで困るだろうけど
▷11歳、12歳となっていくと、育てているのが女子だとしても、むしろそういうものが店の奥のほうにちょっとあって、本人がたまたま通路を奥に歩いていった際なんかにちらっと目に入って、
▷「世の中にはこういう欲求があって、それに対応した商品なりサービスが、見せびらかさない形で世の中には流通してるんだな」ということをうっすらと意識してくれていくほうが、トータルではマシなんじゃないかといあ気もする。
▷自分もそういう目で見られている?、獲物?、商品価値? みたいなことを思ってしまうリスクと天秤にかけても、社会にそういう欲望や動機が消えはせずしっかり存在しちゃってることを、認識はしていることのほうが、リスク総量を下げるのではと。
⇒「一人暮らしするなら、男物を洗濯物として干す」「飲み会のときに、飲みかけのグラスを残したままトイレに立たない」みたいな処世術が個別対策として必要であり続けるなら、そういう悪意を裏打ちしている欲望、というものも、補助線として必要なのではないか、という。
▷@rashita2 ホチキスでちゃんと留めるんですね。
▷CMなどでの、パロディを含む、「『サバイバルダンス』の、圧倒的な“通じる”感」。
▷ムラ社会と国家権力に変わる第三の方法として、「NGOに自警団的権限を与えて、裁定と対処を行わせる」ってありえるかな?
▷Scrapboxのインクリメンタルリンク候補の中の、紫のバッジ
▷人に優しくするの4象限 制度を設計する 手に持っているものを差しだす、共感の涙を流す 相手の原因を分析して対策を考える 社会全体に、ともに泣こうと呼びかける もうちょいきれいに切り分けたいのだが ▷極論めいてたとえるならば、「ハンカチを持っているようだと生存に不利になる」ような感覚が主観的には立ち上がる。まったく合理的ではないが。 生存というか、群れの中での生殖に不利になるのかな。
▷ところで、個体単体の生存でそんな道徳観念をもつ必然性がないので、 「そのような小細工をしなければ生きられない、弱い個体だ」と仲間内に舐められたくない、という意識もたぶん、祖先にはあったんだろうな。末裔としての私は内向的なので、あまりそういう他人の顔をしたイメージにはならないけど。
▷これは別に、その配偶たる人に、「そのように行動せよ」と言っているわけじゃなく、「そういう構造の自我からはそういうニーズが生まれるよね」ということを言うだけの話です。
▷その意味で、「ハンカチ持った?」と言ってくる人間の揺籠から飛び出し、それをそっと差し出してくれる相手を娶ること、それが一生の浪漫になる、エディプスの末裔たるものの生、ならぬ性。 twitter.com/ikkitime/statu…
▷@norixnori なるほど、それか!w
▷Dio様?w
⇒「勝てないと知って逃げ出すのは卑怯者」という感覚もあるかな。
強いと知ってからバタバタと細かい作戦を立てるのはそれに近い、と。
▷あるいは、デマに踊らされたり、他人の顔色を窺ってしまうような態度を、愚か、と近い感情で感じているのかもしれない。
▷@norixnori 自分でも、自分の心理をさらってみてびっくりだけどね。全然合理的じゃない心の動きだし。 自然災害(ってほどでもないけど)に「負けさせられてる」って感覚に苛立ちを感じるところから来ているかもしれないし、少年漫画のラスボスみたいに堂々としていたい、って願望があるのかもしれない。
▷みんな、こんな日は在宅勤務にしろよ(笑)(自分を含めて
▷「これを出しっぱなしにしているということは、誰かの意図なんだろうか?」とか考えない。「これを私に片付けさせるなんて、私のことを軽んじている」とか考えない。 そういう思考パターンをみんながしているという仮定世界で生きていたい、そんな感覚がある。
▷ゴミが落ちているのなら、ゴミを見てから、ただ捨てる。「誰だ、これを置きっぱなしにしたのは!」とかいちいち考えない。「家の中は整っていてほしい」とかいちいち願わない。「これ、今日のうちに片付けておかないと、朝忙しいときにつまずいたりするだろうな」とか、いちいち準備しない。
▷ところで私は、家の中で、家族という共同生活者がいる状態でも、どこか自然の中の野生動物のように生きていたい気持ちがある。 比喩を使わずに表現するなら、「見たものに、見てから、見たまんま、ただただ反応する」行動する心のありかた。
▷より適切な言葉を選ぶなら、「小賢しい」とか、「こものだ」とか「どたばたしている」「見苦しい」とか「潔くない」という感じなんだろうけど。 でも、それらが「卑怯」と同じ根っこから生えてくる。
▷心象が私にはある。 これはなんなんだろうな? 共同体に対して、みんながしている貢献をさぼること、とかではなく、リスクを回避しようとする態度を、卑怯、と、感じる。
▷「きょう電車止まってないだろうか」「階段が滑りそうだからルートを変えようかな」「歩きにくいだろうし、電車も遅れてるだろうから、早めに家を出ようかな」「タオルも替えの靴下も持って、いつもより防寒対策を多めにして」みたいに情報を集めたり対策を立てたりすることを、「卑怯」と感じるような
▷ああ、パワポチャットは見たな。班単位での調べ学習みたいなのの、最後のスライドを作る段階だったから、ってのもあったかもしれないけど。 リアルタイム編集。
とりあえずブルアカめちゃ楽しい!!!!!!wwww
ただただ圧巻された。正直猿真似でしょ?と思っていた自分の浅はかさを恥らしく思った。
日本のオタク文化を、幼少期から浴びて成長した生粋のオタクじゃないと、こんな物作り出せない…と感じた。そしてそういったオタクは1人だけではなく、組織を作れるほどにいるらしく、かつ彼らの価値観は高いレベルで共有されている。ただただ驚きを感じた。日本でも、こんな素晴らしいアウトプットを出せるチームを作ることは難しいだろう。日本と同等かそれ以上に濃いオタクがたくさんいることを強く感じた。
思えばまさに彼らは「海外のおまいら」であり「オタク外人ニキ」なのだ。ネトウヨが大好きな概念じゃないか。
そしてそんな彼らは「韓国を舞台にしたソシャゲ」ではなく「日本(カルチャー)を舞台にしたソシャゲ」を作ると言う選択をしている。グローバル展開をする上で、それの方が都合が良いからだ。なぜなら日本風サブカルなコンテキストは、すでに彼ら同士で共有済みなため、それを基盤にした方が受け入れられやすいからだ。
私の世代はまだまだ「オタク」に風当たりが強かった世代だ。中学の頃の嫌な思い出はいくつもある。未だに「オタク」を自称することに抵抗感がある。日本ですらこんなに受け入れられなかったのに、海の向こうにこんなにも仲間が居るということに、ただただ驚きを感じた。
そんな感情の変化のおかげで、初めて韓国人の同僚とも腹を割って話せるようになった。
クソリプが飛んできた。自称ネトウヨな人からだった。荒唐無稽な言いがかりで論理展開をし、ブルアカを貶めるような内容だった。
多分彼からしたら「気がついてほしい!目覚めてほしい!」みたいな気持ちで送ってきたのだろう。多分議論しても無駄だと思ったので、そっとブロックした。
あの頃のインターネットをやっているやつは、みんなネトウヨだったと思う。
社会的にもややこしい時代だった気がする。中韓ではしょっちゅう反日デモが起こって、その度に国旗が燃やされてたし、その一方で日韓ワールドカップがあったり韓流が流行ったりと、何かと「そういった話題」に事足りなかった。
この当時から、中韓、特に韓国に対する不信感が根強くついた。「みんなビジネスで日本と付き合っていて、実は腹の中では日本のことが嫌いなんじゃないか」と。韓流とか言って日本に稼ぎに来ているのに、一方で日本国旗を燃やしている様を見て、ネトウヨ中学生はそのように感じた。
割と反韓感情を持っていたし、表立って日常生活では見せなかったが韓流等は毛嫌いしていた。親は韓流にハマることはなかったので、幸いにも生活に支障は出ることはなかった。全部なにかのパクリだと思っていたし、付け入られると良くないことが起こると思っていた。多分人生の中で一番ネトウヨしていたと思う。
中共が覇権主義的で怖い、ロシアが怖いとか、そういうのとは、別の根っこで。
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そんなことはないでしょう。それはSNSの失投ダメージや致命傷の頻度を過剰評価していませんか。
たとえばSNSよりも1990年代の新歓コンパのほうがリスクとしては大きかったのではないでしょうか。
SNSで職を失ったり訴えられて敗訴したりする人は、確かに目立ちます。でも、そうしたことが目につく社会って、それだけ皆がリスクを気をつけている社会では?向こう見ずな行動で事故や事件に巻き込まれても地方紙にすら載らなかった時代の状況や精神と同等とは私にはとても思えません。
"テストステロンはコルチゾールやアドレナリン、女性ホルモンなどと並んでHPA系の一部をなしていて、分泌が少ないほど顔はより平たくなり、性差が小さくなり、攻撃性や競争性が穏やかになることがわかっています。(中略)...こうした研究からは、人間においても男性ホルモン、ひいてはHPA系が着実に弱くなり、家畜化症候群が進んできたことがうかがわれます。 ”『人間はどこまで家畜化』より
集中できる人が自由を欲したりするのは問題がないんだが、集中できない人が自由を与えられても仕事はできるようにはならない。だから集中したい人は、最初はかなり理不尽で不自由な場所にいって怖い思いして仕事を覚えないと駄目だと思う。
ここでの教訓は、不自由は不自由で割と便利なものだという部分にある。みんな不自由と聞くと悪いもののように扱いがちだけど、集中力が身につかない段階での自由は全然よいものではない。嫌いなもので"守破離”をやるためには、不自由にならないといけない。
直感が、エビデンスに基づいた専門性に置き換えられていくことで、文明・文化・社会はますます確実性を増していく。が、人間に求められる機能の一部はますます不要になり、捨てられて構わないものとなっていく。直感だけでなく、感情表出や嗅覚も今までより捨てられて構わなくなっていく...としたら?
例え明治維新が「革命」じゃなかったとしても、明治政府が「廃藩置県」を断行した時点で、すでに並の革命が裸足で逃げ出す程の成果を出してるんです
日本は基本政治闘争に負ければ、敗者側が案外潔いので、こんな武家社会の既得権益を根こそぎ奪うような政策を実施して、一気に中央集権化してしまった
でも、大陸ヨーロッパとイングランドの「階級」のあり方って全然違ってません?大陸だと階級分断と地縁社会クラスタに寄る階級連携の二重構造だけど
イングランドだと後者がなくてひたすらに同階級連帯が表に出るみたいに。
フランス。
革命の国でありながら、言うほど階級社会が解消されていない国。
というより、西欧は基本的に階級社会が残る。ナチスの台頭もユンカー嫌いの平民ナショナリストを取り込んだからだし、意外と根強い。
フランスの、現在の階級社会は、まあ複雑かなあ。
グランゼコール出を上流階級とするか、城維持貧乏貴族を上流階級とするか?
研究者は読書が趣味の人多いと言われるが、ノンフイクション(人文書)を読んでいる人は多いがフィクション・文芸書を読む人は意外と少ない印象。実益を兼ねているという意味では、ビジネス書・啓発書しか読んでないビジネスパーソンと同じなのでしよう。
若いころ、女性の性格というか、対応かな、突然ガラッと非人間的に変わるというのを数回経験した。
自分がなんか悪いことした感じもないし、僕だけに変わったふうもない。まあ、女性とはそういうものだと思うことにして、その後類例あると、あれか、と思う。実際のところ、あれ、はよくわからない。
寛容のパラドックス 【paradox of tolerance】もし社会が無制限に寛容ならば、その寛容はいずれ不寛容な人々によって奪われるか破壊されるとする主張。寛容な社会を維持するためには、社会は不寛容に不寛容であらねばならないという。<哲学者カール・ポパーが1945年に発表>
ローティ入門として、私もかならず挙げるのが、大賀祐(2009)『リチャード・ローティ』と富田恭彦(2016) 『ローティ』です。伝記的要素を含めて、ローティ哲学の全体像を掴むにはこの二冊をぜひ。私の近刊『人類の会話のための哲学』は、より分析哲学史的・メタ哲学的な本になっていると思います。
結局、ふんわりとしか言葉になってない感覚を、硬い言葉に置き換えるためには、他人の言葉を使うしかないということなのだと思う。そのために本を読む。で、他人の言葉を使いまくる中で、どうしても言葉にならないものが残るときに、ときどき、うっかり、自分の言葉が捻り出される感じなのだろう。
歴史の本といえば、これが、頭痛がしてくるほど面白いよ。改訂本も絶版のもよう。
由水常雄『ローマ文化王国・神羅』
十字軍というのは、人類の愚行だなあと思ってたし、今でもそう思うが、あれが、結局、西洋に知をもたらすきっかけとなり、交通も盛んにし、近代を導いたのだろう。
東京の雪のニュースより、外務省と防衛省の暗号通信が解読突破されてトップ機密情報が中国にダダれだったのが発覚したニュースのほうが100億倍大事なのになんで報道しないん?
「素敵なカフェで、美味しいケーキを食べながらお茶する★」
って、日本ではすごい普通だったけど、今住んでいるフランス地方では20年ぐらいできない環境で
ようやくでそれができるとこできて、喜ぶと思って娘を連れて行ったら
娘「ママは、お金持ち志向なんだね」
って
え〜
日本に帰国した娘に「日本とアメリカの小学校どんな違いがある?」と軽い気持ちで聞いたら「今日、震災訓練があってね、アメリカの小学校では銃乱射に備えて机でドアにバリケード作る訓練をしたけど、日本の小学校では地震に備えて机の下に隠れる訓練をするんだね」という想定外に重い回答をいただいた
第二次世界大戦前の日本は全てが暗闇の暗黒時代
「戦前」だったと言いたい思想と、あの戦争は全て軍部の暴走であり国民は被害者であったと言いたい思想が合体して生じてる風潮だと思うけど、近代日本史における普選運動と、それによる普通選挙制度
獲得の歴史は、あまりにも恣意的に無視されてるんだよね
他の方のリプライにもあるんだけど、山川の世界史教科書は情報を圧縮しすぎて分かりづらい面がある&教科書である関係上文章がやや無味乾燥なので、独学するならその教員向け副読本である『詳説世界史研究』をお勧めします。コラムや図版も充実しているし、純粋に世界史通史の読み物として面白い。
素朴で稚拙な物語は危険だと村上春樹は言い、河合
隼雄は素朴な物語を科学で粉飾するのが危険だと言う。結局、論理的すぎる短い物語が危険だということなのだろう。物語は長いか、謎めいてるか、いずれにせよ短時間では納得できないものであるときに心を豊かにする。これは「タイパ」の逆の発想だ。
ある時代、ある地域の人が「これはイデオロギーなんかじゃない」と強く思ってるものにかぎって、他の時代、他の地域の人からはイデオロギーそのものにしか見えないということは実によくある。
昔は、指示語が何を指しているか明確に、とてたけど、それより流れ。
もしかすると、情報科学とは体育会系だった、という結論になるのかもしれないが。
最近はこういう放言ツイートは好まれないようだから躊躇するが(ツイートという文学形式は放言が魅力だと思ってきたが)、いま、時代の先を行く研究があるとすれば、それは情報科学よりも、体育会的なものとは何か、である。
英語圏の本は長すぎる。半分で成立すると思う。でも説得に関する感覚が違うのだろうなあ。
予報の振れ幅を示すのはいいな。
TVやネットニュースでは「最悪シナリオ」が見出しになることが多くて、どうみても平地は雨だる、みたいな時にも「東京で大雪報の恐れ」が独り歩きしていくので・・・。
(ちなみに、23区で10cm以上が見込まれる場合には大雪報が出ます。帰り道、お気をつけて。)
ウェザーニュース
昭和の感覚のままの麻生や小沢みたいなジジイはさっさと引退しろと思うけど、小沢に同調して薄汚い言葉づかいで彼女を罵しってた立民や共産党の支持者たち(例の映画評論家とか)が今回ジェンダーがどうだの意識高いふりしてるのには苦笑してしまう。仮面の下は彼らと同じレベルのくせに。
元の作品より二次的作品、あるいは実演の方が社会的、経済的に大きな価値を持つ、ということはある。しかし著作権はそういうのとは関係ないので、元の作品の作者は、経済的価値を無視して権利を行使することができる。
その権利行使が容易だったなら悲劇が避けられたのではないか。法律家の反省です。
すごい言語化だ
"相手をただの現象だと思い、何が起こっても「雨に降られたようなものだ、仕方がない」と考えてしまう"
社会問題を作り出すというのは一般論として言うべきことではなく、各事柄の事者が事実上そのようなことをする、という話だと思う。
これを一般論として語ることには懸念を覚える。なぜかというと、問題を作り出すこと自体は何についてでも任意に可能で、そのように一般性から特殊へと降りていけば、際限がないからだ。あくまでも事者から発して個別に考えるべきことだと思う。
「バキバキの身体」と言ったとき鍛え上げられた様子を思い浮かべる人とデスクワークで凝り固まった様子を思い浮かべる人がいますよね
MBA不要論や有害論が欧米でも大きくなってきているようで。
「5,000人のCEOを調査すると、MBA取得者はそうでないCEOと比べて研究開発の支出が少なく、自社の成長でなくM&Aで会社を拡大させ、会計手法を駆使した業績のかさ上げを行い時価総額が短期しかもたない傾向がある」
こんな奴を必要としていた時期もあった。それが終わった。それだけだよ。
ふと思ったが、プラトンは私塾で、デカルトは家庭教師であったように、学問は元々個人的に考えを練り上げて、個人的な興味を抱いた人に語るものだった。大学制度が完成すると、共同研究が推進され、カリキュラムが整備される。つまり、学問は組織的なものになって、個人的な考えは後ろめたいものになる
『被害者が真に被害を受けたのであれば被害は甚大で、処罰が下されないのは不正義であり、被害者にとって甚だ残念なことは十分に理解できる。しかしながら、犯罪にたる行為はなかったにもかかわらず、誤って認定し、刑事処罰を科すのはさらに大きな不正義といわなければならない』
ビデオはともかくDVDなら需要はあります。
月契約のネット配よりコスパはいいです。
毎月千円2千円借りるかといえば、そうでもないですし。
忙しいので時間とお金に余裕がある時に借りられるレンタルはとても有り難いのです。
何回か言っているけど、自分はレンタルビデオ屋のオヤジとして余生を送るつもりだったのに、レンタルビデオ屋という業態が僕より寿命が短かったため、ライフプランが頓挫している
劣化しないDVDを貸すって最強の商売だと思ってたけど、こんなに早く衰退するとはまったく想像してなかったな。
モアレ模様が出そうな柄とかですね
確かにアブの複眼で見たら、個々の目の情報の統合が難しそうですよね
ポトフのキャベツって何時間も煮たら溶けるやんと思っていたのがヨーロッパ住んでキャベツの硬さに
納得したわ。在住邦人たちと砲丸とか凶器並みとか表現してた。ノルウェーのフォーリコールはこれだから2時間煮られる。