2019/08/18
“コミュニケーションに難があって”“しかも「なにがいいのか分からないことに血眼になっている”人は、(オタク趣味の深い浅いやジャンルに関わらず) ⇒人間の本来的な恐怖感や嫌悪感、あるいはフリーライダー感などに結びついているのかなあ。 ⇒分類を文字で読んでも、当てはまったりはまらなかったりだけど、こうして「スキゾイド ちゃん」として客観的に見てしまうと、「あ、この行動パターン、俺だわ」となる。 この高須賀さんの文章に書かれている「システムに忠実にしゃべっている人々」の件は、深堀りすると「現代人は旧来的な意味でのコミュニケーションをしていない」「おまえが考えているんじゃない、システムが考えているんだ」他、いろいろ考えさせられるところなのでいずれ。
⇒全人格コミュニケーションではなく、「システムに規定された役割の一部」を担うだけでいいからこそ、なんとかコミュニケーションをこなせている傾向や人間もいる。 だからそこは、村社会的相互扶助みたいな縛りを離れられる自由の裏返しでもあるはず。 システムは個人の人間性を制限するかもしれないけど、そこに生きやすさを感じられる個人もいるはず。
私が、なんのかんのサラリーマンをやっていて、フリーランスや、ごくごく小規模ななんとか事務所では働いていないのも、「数の中に紛れてたい」という本音がはっきりとある。 相当強力な人間でも、他人の人生を丸抱えできるわけじゃないから、システムの範囲でしか人助けなんてできない。
るろうに剣心北海道編
⇒この1巻で、流れ者2人を受け入れることのできた神谷道場のようなものに、思春期ごろには憧れた。
今でも憧れる。今でもそれを体現というか表現できる作者の技量や精神性にも憧れる。
さざなみ寮や高町家のイメージ