2019/06/28
で、やりとりしてる最中は、「根本的『すぎる』」というところにフォーカスが当たっていたけど、 あっ、「釣り」か冗談かもしれない、と思われていた? いや、冗談ではない! のである。
もちろん、「実現可能性は低い」ということは思っているし、その意味では暴論を投げてはいるんだけど、同時に「『そうだなあ』と、深く納得」してほしいとも思って語っていたのだった。
なんというか、
相撲協会の内部で暴力事件が起きたとき、「すぐ目上への筋を通さないで、警察を介入させるなんてするな」という内部価値観はおかしいって、みんな感じるじゃん? 学校のいじめだって、学校が一つの治外法権単位になって、先生の裁定で「謝らせて、許させて、終わり」にさせてるのがおかしい、とか「いじめはなかった」になるのはおかしい、みたいな声は出始めてるじゃん。 それをいうのなら、子供や孫の犯した罪も、家族内で取り繕うのではなく、単一で外的な法基準を適応させるって判断ができるべきじゃん。
……という、正義の過剰発現が私の中では起きるのでありました。 まあ、自己責任論の究極のところだろうし、人間の自由意思があんまり自由でもないという論調からすれば、それも極端に環境弱者に冷たすぎるという部分はあるのかもしれないけど。 ●例えばツイッターでは、色々な「おれおれ詐欺撃退武勇伝」みたいなのが流れてくるけど、根本的なこの解決方法が人心に染み渡らないのが不思議ではあるのだ。
引用ツイート
●《「俺俺。実は会社のお金を使い込んでしまって」
「そうかぁ。それは大変だったなあ。
しっかり罪をつぐなっておいで。話はそれからにしよう。ずっと待ってるからな」》
○ 倉下 忠憲 @rashita2 5月26日
●いっき @ikkiTime
倉下さんにそう言われると、相当「根本的」すぎる気がしてきますね!w ●倉下 忠憲 @rashita2
返信先: > @ikkiTime
価値観のかなり根っこの部分ですからね、それはもう浸透するのに時間がかかりますw