韜晦したり怠けたりするしかない対象もある
韜晦したり怠けたりするしかない対象もある
銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーとか、『天鏡のアルデラミン』のイクタ・ソロークは、どこか怠けいているように見えるし、何かを問われるととぼけたりはぐらかしたりする。
「見える」というか、実際に “怠けていたい・働きたくない” という内容のことを放言してしてしまったりする。
では、主人公は平均に比して怠け者なのかというと、そんなことはない。達成を追及するし、プライドもある。
でも、そういうことを口走る。
それは、謙遜だったり、格好付けだったりと解釈できるかもしれないけど、私には自分自身の感情の圧力から距離をとるにはそれしかなかったのではないか、という内面の動作のようなものを見てしまう。
みんなのために働くのはいいことだ。勝ちたい気持ちは本能でもある。
そして、自分自身に高い能力があるという状況では、自己の内面にいくらでも「もっとがんばれ、もっとがんばれ」という圧力が自然と発生する。疲れなんて感じない状況だ。
だけど、その圧力は既に自分の内側から発生している。自分の一部、脳内小人の一人になってしまっているそいつが放っている。そのまま進んだらヤバい、ということを頭の中の冷静な部分が気付いたとしても、合理性や理屈での反論はほとんど効果がない。
できるのは、せいぜい、気付いたら対象と距離を置くくらいのことだ。
だから、必死でとぼけるしかなかったんじゃないか、と。そんなことを考える。
社会をくさすような口ぶりをして。
タグ 怠惰、分人、脳内会議、規範の内面化、距離を取る、呪い、規範
from 2019/12/09-2019/12/12