選挙があった(2019年7月。参議院)
選挙があった。(参議院)
いくつかのことを考える。
「選挙に行こう! 行かなきゃ変わらないよ!」
呪いになってしまう。
中和しないと⇒『私は政治に興味がありません』
(みんなが)行ったって変わらない。
投票率が上がったって、各候補者・各政党への支持比率は同じまま、獲得票だけが上がると考えるのが、まず第一に妥当。
投票に行かない人は、消極的に現状追認しているので、重い腰を上げても、革命方向に選挙結果が動く可能性は稀、と考えるのが妥当の2番目
「投票率が低いほど自民党が強い」って、何回か分の結果で成立するとしても、未来に対しては幻想じゃないかなあ。
商工会票ってのはあるにせよ。
1票差で当落ってない。あなたの1票で決まらない。
地方議会の、議員総数の最低得票数の人と、落選最多得票の人との間でも、1000票差とかはあるんだよなあ。
じゃあ、「選挙ですら変えられないなんて」ってなったら、そういう人はどうすればいいのかな。
個別の政策に反対する。
結構止まる。
ikkiTime 2015/10/14 05:40
2015年10月の消費税10%→延期 新国立競技場案→白紙 増税還付案内→撤回 ほら、民主主義機能してんじゃん。
http://twitter.com/ikkiTime/status/654034022507548672
五輪期間中のサマータイムとか
海賊版「ブロッキング」法制化断念とか
「辞めさせたい人に票を入れる選挙」にしたら
たぶん人気は出る
しかし、「政治家なんていない方がいい」というベクトルを持ってしまってる時点で、自分の見識を疑うべき
選挙だけじゃダメなんだろうなあ
選挙が神格化されてしまっている
実態は、むしろ、忙しいから「選挙くらいしかできない」なんではないのか? 我々は。
選挙だけで政治を変えようと思っても、現実的に投票する先がない。
事務所に通って、議員の地元で政策論議を直に戦わせて、お互いの見識を高めあうとか?
そんな時間はない
やれたとしても、今度は「地元の名士」的な議員になってしまう
地元の陳情受付窓口
おそらく、全国的に集めたら、利害の調整が大変
そして、その場合、その手間を野党の議員や落選中の議員に対してかける意味はほとんどなくなるよね、かける市民の側からすると。
まあ、私の票もまた、強力に死んだであろうな。
民意の流れに抗しようと思うと、なおさら死に票になりやすいから。
痛(イタ)公約(仮)
↑というのも失礼だが、そういうものが、あとから振り返るとどうしても出てくるのではないか。
身近でわかりやすい公約(政策案)だけだと、実行力・実現力が本当にあるのかあやしく見えてしまう、あるいは
穏健な政策ばかり並べると、政党としてのキャラが立たなくなってしまう
そこで、
「消費税増税をしてでも社会保障を」といって、財源のことを考えていること。アピールする
強腰外交を主張して、人気を取ろうとする
「公務員削減・国会議員定数の削減」を言って、庶民の味方ぶろうとする。
……自民党の憲法改正の草案も、その時点でのそういうものだったのでは? 疑惑。
維新が改憲勢力なのも、むしろもはや損なのでは?
反原発もじわじわと効果を失い始める。
で、むしろ自分たちの足を引っ張る政策になり始めてるのに、一貫性もまた重要だから取り下げられない。
一度正義を掲げると、「謝ったら死ぬ病」にかかるだろうし。
長く続けようと思ったら、時々精算しないとだめなんだろう。
あるいは風呂敷を広げるのをやめて、しょぼいことだけ言うか……。
そして、残念なのが、
「お花畑公約」と「将来の痛公約候補」を除外してしまうと、選挙公報がほぼ読むところがなくなってしまうところ。
とはいえ、抵抗勢力も特になく、誰にとってもいい政策で、予算や安全などの制約もない法案だったら、与党を含めて賛成だから、すぐに成立してしまうわけで、選挙になるまで未解決で公約化されることもない。
正論だけ言えば、官僚が動くと思ってはいけない。
与党になれば苦情を言ったら一から十まで官僚が何でもやってくれる権利を得られると思ってんだろうなという感じする。
理想はけっこうだけど、「現実的な」道順を立てて省庁や専門家と協力して実現してくのを仕事にしてほしいんだす
https://twitter.com/stonfield777/status/1149860681090420737?s=21
「民衆大半の民意が通らないなんて、まだるっこしい!」でしょうか?
スゴ本と読書猿が映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』を語り尽くす
別にそれを狙ったわけではないだろうけど、選挙期間中に読むと、間接民主制や閉鎖的な官僚世界やその文化について中立化・中和してくれる文章として読める。
アメリカには王さまも貴族もいないのに、王さまを作ろう、と。それで大統領にした。貴族(的な階層)を作ろうとして、わざわざ上院と下院に分けた。
そういう風に相互制約し合えるように、混成的な政体として作ったのが近代の共和制。そういう鉄筋が入っているからこそ、本当は脆いセメント的な民主主義も成り立つという。これが現代の民主主義国家といわれているものです。単なる民主主義じゃないんですよ。
民衆から見たら専門家は嫌なことをいうんですよ。上から目線だし、僕たちでは分からないような理屈でものをいうし、僕たちの感情や生活実感からずれたことをいっぱいいう。
じゃあ、そんな人たちを退けて、民衆の声だけでやったらいいのか。いいや、ちがう。ポピュリズムがなぜダメかというと、やっぱり鉄筋を抜いたコンクリートになってしまうから。
まだるっこしい問題にも通ずる。
世論で騒いで「ダメすぎる政策」を拒否する権限は大衆にあるけど、政策そのものを国会に押し付ける力がない。
「議員だの政党じゃなくて、政策を選ばせろ!」
だけど、それができないことで安定している何かがあるのかもしれない。
民衆の鉄筋、代議士と官僚
タグ 参院、参院選
from 2019/07/21-2019/07/22