自分探しの罠
自分探しの罠
「自分は他人と違って、こういうところがダメな性質があるから、他人と同じようにやるのは無理なんじゃないか。じゃあ、自分の本当のやり方・やりたいことってなんなんだ」
みたいな思念にとらわれることがある。
つきまとわれるというか。
ただ、できるだけ振り払おうとも思っていて、それはこれが「弱音だから」ではなく、
本質的には実りがないからだ。
私はタイプ別性格診断が好きですけど、「今の若い人に見られる新しい病理」みたいな性格の名前付けには、逆になるべく近寄らないようにしています。
それを深く知っても、(外向きの)対策が立てられなさそうであることの、予想がつくからですね。いえ、防御と回復の対策は立てられるのでしょうけど。
また、「自分らしさ」の深堀りもまた、同じところを結局ぐるっと回ることが多いですしね。
ただ、こちらについては、すべてを「無駄」で片づけたくなはい気持ちはあります。
自分の意思で手を動かす(思考なのに「手を動かす」って不思議ですが)ことで、納得感が高まる効果はありますから。
「車輪の再発明」なんかと同じですね。
無駄であっても無駄ではない。
タグ 対策の立てられない情報は入手しても無価値、思索、かーそる、タイプ分け性格診断
from 2019/06/29-2019/06/30