文章を書くときのボケとツッコミの感性について
私は、ブログなどで文章を書いていたときに焦点を置いていた技術として、文章内のボケとツッコミのバランス、というのがありました。 これは別に、
いつやるのか? 今でしょ!
と、文章内に「かけ合い」的なものを埋め込んでいくということではなく、また、 それで私は大発見をしたのです! え? またどうせ大したことないんだろうって? いえいえ、そんなことはなくてですね……
と、予防線を張るという書き方のことでもありません。
そうではなく、そうですね、例えば。書きたい文章で
結論までに言及するべき論理の階段が、細かく分けたときに6段くらいあるとします。
A→B→C→D→E→F
(それぞれのアルファベットが、「○○ということは●●です」というような命題と考えてください) これがですね。
その分野について そこそこ知っている人にとっては、かったるいわけです。
ですのでこれを、
A→C(B)、D→F(E)
というような順番で語ることにする。
このとき、「A→C」の間や、「D→F」の間で、言及が一つ飛ばされます。
これを読むときに、私は「Cがボケで、Bがツッコミである」という感覚を持ちます。
風が吹くとほこりがたつ
ほこりがたつとそれが目に入る
ほこりが目に入ると目が見えない人が増える
目が見えない人は三味線をならう
三味線を習う人が増えると、三味線がたくさん作られる
三味線が作られると、猫が減る。
(三味線の弦は猫の皮で作られているから)
猫が減るとネズミが増える
ネズミが増えるとネズミが桶をかじる
桶がかじられると、桶屋が儲かる
というような話があるとして、
「風が吹いてほこりが目に入ると、三味線を習う人が増えるはずです。
だって、目の見えなくなった人は、生活の糧を稼ぐ方法として、三味線を習うことが多いですからね!」
という書き方をするわけですね。
「ねらい」は そのときどきで違っていて、
「えっ?!」と、一瞬 驚いてもらいたい
「A→B」がすでに自明な人に、スピード感を感じてほしい
(そういう人は、「だって……」以降の部分はナナメ読みに読んでくれますから) 「A〜F」のうち、飛ばされなかった「A,C,D,F」だけが「小見出し」のような目立つポジションになるので、後から見直して関連箇所を探すとき、文の構造が見通しやすい
……、というようなことを考えています。
ところで、省略した「B」は、完全に省略したままでも伝わる場合もあります。そんな時間切り取り技術の達人的な技を見せてくれるのが、藤子・F・不二雄先生でございます。 みたいなコマ展開があったとき、これの2コマ目と3コマ目の間で、しずかが怒る絵も、しずかが2人を攻撃する絵も、実際には描かれずに一瞬で次の絵が提示される。
天才かよ。(天才だよ)