数に紛れるという生存戦略
千葉の15号台風での停電と、東京の19号台風での頑健さというのを比べたときに、やはり大都市であるがゆえに、国の政策に「ひいき」されている側面はあったのじゃないかと思う。
まあ、単純に都の財政が潤沢、という側面もあるのかもしれないが。
渋滞はあるし、地価は高いし、排気ガスとかヒートアイランドとか、もろもろ大都市・大人口のゆがみはあるけど、その分「ひとたび被害が発生したら、すごい大惨事になる」という緊張感はあるのだと思う。
だから、荒川の水位コントロールとか、たぶん堤防そのものの強度でも、かなり高いレベルの対策がとられているのではないかと思う。ああいう動画があったりする一方で。(荒川氾濫) 満員電車は不快だが、そのおかげで通勤コストは抑えられている。 だから、そういった「数の規模」や「システム」の陰に隠れられるように生きていくというのは、ちゃんと意思のある戦略であり選択だと思う。 別に臆病でもないし、主体性の放棄でもない、と私は思う。 また、人口の多い都市は空襲だのテロの標的として、潜在的なリスクも持っているし、伝染病の拡散リスクもあるわけなので、それをタダで手に入れているわけではない。支払うものは支払っている。
それを選んだことに、ポジティブであっていいと思うのだ。