平等と努力について考えるのは難しい(考えてみたノート)
平等と努力について考えるのは難しい(考えてみたノート) ツイートのログ
ikkiTime 2019/11/01 08:45
日本人は「努力」が好きだけど、努力を奨励するには報酬が入って取り戻せることが必要だから、格差は開くよね。そして、全員の努力量を最大化しようと思ったら、「自己責任」という「ムチ側」の発想もたぶん当然出てくる。
http://twitter.com/ikkiTime/status/1190052312565207040
ikkiTime 2019/11/01 08:48
ただ、「努力」ってのにも実は先天性の要素が大きくてな。『努力できる才能』『投入できる時間が潤沢にある環境』『チャレンジが失敗しても一撃じゃしなない防御』があらかじめある人が、たくさん「努力」できることになる。
http://twitter.com/ikkiTime/status/1190052847540305920
ikkiTime 2019/11/01 08:51
だから、そこで「公平性」の方を重視するなら、結果平等という「努力できなくても(しなくても)同じだけもらえる」ような要素を足していくか、「していい努力はここまで。これ以上については、たとえ余力があるとしても努力禁止」という『規制』をやや低めの位置に置くことをを足していくかとかだけど
http://twitter.com/ikkiTime/status/1190053777627176960
ikkiTime 2019/11/01 08:53
それをやるとしたら、民間を含めたトータルでの「努力量」みたいなものは確実に激減するよね。社会の活力みたいなものが失われて、なおさら「弱者保護」に振り向ける余力が減る。 あるいは、外向きの競争に負けがちになって、さらに全体的なパイが小さくなる。
http://twitter.com/ikkiTime/status/1190054286417227776
ikkiTime 2019/11/01 12:25
だから、「働かない人」や「働いていない人」に対する民間同士での差別的な感情やプレッシャーはどっさりあるけど、法的な保護や権利、金銭的な助成はしっかりありますよ、というのは一定の落としどころなのかもしれない。
http://twitter.com/ikkiTime/status/1190107498872623104
ikkiTime 2019/11/01 12:25
ただ、そうやって「民間の感情」みたいなものが固定されて長期化すると、今度はそれが政策にも反映されていってしまうのが難しいし、制度上の政策だって長期安定すれば、あぐらをかいたり抜け穴を見つけたりする人の比率が次第に増えていくだろうから、そこはやっぱり、難しいなあ。
http://twitter.com/ikkiTime/status/1190107667294867456
from @ikkiTimeツイート(ikkiTime)2019/11/01 06:35