子供の「アニメなら見る」傾向
子供の「アニメなら見る」傾向
子供がいるときに、録画しておいた番組をつけてみる。
アニメだと10分か15分かくらいは一応ストーリーを追ってくれる。
これが実写だと、『ナイトミュージアム』みたいな、映像オモシロ系の映画であっても、最初からつけると、5秒か10秒で、
「これなんなの? ちがうチャンネルにしていい?」
という発言が飛んでくる。
だから、つける時点で少し早送りして、色々な展示物が動き出して、主人公がドタバタに振り回されるシーンから流し始める。
そうすると、目が離せなくて、なんか見てくれる。
冒頭の、「暗めの画面で、別の境遇の人種で、オジサンの(イケメンとはいえ)俳優が出ている」時点で、
「あ、これは自分がおもしろがれる番組ではないに違いない」
って見切りがはたらいている。
この、「アニメだけが自分達に向けて作られたコンテンツである」と、感じられる感性や感覚は、生得のどの段階で身についてくるものなのだろうか??
そしてこれが、世の一部の大人の、「文字や絵に書かれた物語を読んでも、真に迫って感じない」性質と、好対照をなして見える。
⇒リアルで充分という断絶
そういう人たちは、どの段階でこの傾向性がひっくり返るのであろう?
from 2019/07/29
人間が、そういう「自分向け」という情報のフィルタリングをするとなると、映画タイトルの「恋する〇〇」(洋画の邦訳表題)みたいなのも必要悪になってくる。
(まあ、これそのものは、男の業界人が考えた、ダサピンク現象みたいなものだとは思うが)