僕らが生まれる前にはロックはもう新権威だった
僕らが生まれる前にはもう、ロックもアニメも新しい権威だった
精神(内面や文化)に順位や優劣を付けたくなったら、それが権威主義のスタート。たとえ虎の威を借りなくても。
もちろん、権威と権威主義のすべてが悪いわけじゃない。行き過ぎなければ、そして使いどころを間違えなければ。
で、精神に順位を付けるということは、そういう、「権威主義」と道徳は、地下でつながっている。同じ根から生えた2本の木とまではいかなくても、養分のやりとりくらいは起こっている。
だから、「ロック以外の音楽」をロックより下に見ていた時点でロックは権威だった。しかも、「あれは本当のロックじゃない、真のロックは○○」と、「ロック」内でまで順位を付けようとしていた。
もちろん、権威主義や道徳の全てが悪ではない。
避けるべき堕落や、讃えるべき崇高さはある。守るべき弱者や、排除すべき抑圧者も、人生にはあるだろうから。
ただ、個人の内面からでた基準を、どれほど多くの賛同者がいるとしても、外部や他者に及ぼそうとした時点で、ある種の迷惑になっていることは覚悟しておいた方がいいし、その行為自体が、次の「権威」「権力」(フーコー的な定義での)に、なっているのは間違いない。
例えば、「女性総理」
女性で総理なら、とりあえず誰が一人目でも、まずは「いい変化だ」と喜べるわけではないんですよね。誰でもいいわけじゃないですよね? 順位や序列があるんですよね?
弱者であることが終わる前に権威化することは、十分にある。
スーパーファミコン初のFFの表現力に胸を焦がして夢中になっていた私も、スーファミ最後のFFが出る頃には、「真の良ゲームとは、グラフィックの豪華さのことではない」なんてことを考えていた。(当然、プレイステーションなんて受け入れられなかった)
今ではもう、アニソンやゲームミュージックも権威序列ができているんたろう。その一翼は私たち世代なのだろう。
「8bit音楽、ばんじゃーい!」
#思い出補正
たぶん、「あの頃のネット」「あの頃の秋葉原」「俺たちのライフハック」も権威化している。