みんな手を洗おうの話
という人が、「医者も手を洗わないと、かえって患者さんに病気を移しちゃうよ、広めちゃうよ」ということを発見したのが1847年、本になったのが1861(実際には提唱されただけで、受け入れられるまでにはまだまだ時間がかかったらしいけど)
歴史の後知恵だと、つまり現代だと当たり前に感じる、もはや「生活の知恵」レベルの話だけど、これより先に発明発見されてしまっていたものがどれくらいあるのかを調べてみた。 つまり、一体どれくらい文明が進んでから、(やっと)人類は手を洗うようになったのか? ということ。
ノートルダム大聖堂:1230年頃
コロンブスの新大陸発見:1492
ミケランジェロの天井画(システィーナ礼拝堂):1512
銃の発明、マスケット銃だと:1542ごろ
モンゴルフィエの気球:1783
蒸気機関車の発明:1814(スチーブンソンのブリュヘル号)
……それでも人類は手を洗っていなかった!と。
よく死ななかったな。
各数値は、Wikipedia等を雑に検索しただけなので、もしかすると間違いや別のデータもあるかもしれませんが。
建築物系はいくらでも古いのがあるよね。
ローマの水道橋(クラウディア水道)は:AD0052、ヴェルサイユ宮殿完成:1770、ノイバンシュタイン城着工: 1869(これは後の時代だね)
いやはや、こういう因果関係のないできごとの前後関係を調べようと思ったら、年号などの数字は結局必要だね。やれやれ。
目に見えない、非タンジブルな「微生物」という概念が、認知されるのが難しかったことが大きいのだろうか。 レーウェンフックの観察:1674
瓶詰めの発明:1804
パスルールの論文『自然発生説の検討』:1861(これが時期としては互角)
コッホ、炭疽菌の純粋培養:1876
ペニシリンは発見が1928、実用化は1942。
予防接種は1796(早い!)
日本みたいに水が豊富だと、もう少し手を洗うかもしれないけど、微生物の概念がないのなら、それはやはり「穢れを清めるための禊」のレベルを超えないだろう。
また、洋の東西を問わず、泥が手に付いてたら洗っただろうけど。
それでも現在の「感染症の蔓延を防ぐために、見た目に汚れていなくても、日に何度でも手を洗う」というのは、すごく文化的に高度で、科学的に蓄積された視点だということができるかもしれない。
ゆめ、あなどってはならないぞ。
むしろ、人類の叡智に感謝して手を洗おう。
ラジオの公共放送が、1920、
動力飛行機が1903、
竹フィラメントの電球が1880。
むしろこれらがすぐ追いかけてくるくらいの時代になって、ようやく手洗いが一般に普及したということ。おそろしいね。