「傘をささずには歩きたくないくらい」
傘をささずには歩きたくないくらい
人との会話の中で、「え、いま雨強い?」と聞かれる場面がある。自分が外から戻ってきたときとか、自分だけが窓の外に腕を伸ばして確かめたときとか。
そういうときに、私は表現に困ることがよくある。
「強い?」
と聞かれたら、「強いね。」と答えるか、「ううん(強くない。(つまり“弱い”))」と答えるか、2択を求められている文脈を感じてしまう。
実際、そういう短い回答こそを求められているのだろうけど、雨の振り方には「強い」と「弱い」の間に、中間が間違いなくある。
だけど、
「普通。」とか「中くらい」というのは、あまりに情景の描写力が低くて、申し訳なくなってしまう。 “強い”雨というと、私はざあざあ降りというか、「滝のような土砂降りではないにしても、傘をさして歩いても、10分も歩いたら、ズボンの膝から下がじっとりと染みている、あるいは表面を水滴が流れているくらいには濡れている。メッシュのスニーカーだったら、つま先を水が染み通して、靴下までぐずぐずになりだす」、それくらいの強さじゃないと、「強い」と表現したくない。 他方で、「弱さ」にも幅がある。
手に傘を持って、オフィスビルから出たものの、パラパラ、ばらばらと雨が落ちてきているくらいなら、たとえ霧雨でなくても、お隣のビルのコンビニに入り直すくらいの時間なら、傘をわざわざ広げないことがある。
小走りに駆け込んで、それでよしとしてしまう。
でも、その強さの雨が、朝家を出た後に気付いたら、駅まで15分の距離を歩くのはちょっと躊躇する。たぶん、わざわざ家の中に傘を取りに戻る。
せめて、それよりは“弱い”ときを、私は「弱い」と呼びたい。
会社の帰りに、家の最寄駅に降り立って、雨が降っているのに気付く。傘はない。このときに、コンビニで傘を買わずに濡れながら帰る判断をするかどうか。それも、夏でもなく、フードのない上着だったときに。
そんなときでも、「無視する」と決められる程度の強さ(弱さ)のときにはじめて、「雨は弱い」と、私は表現したい。
そうすると、「強い」と「弱い」の間に取り残される降りっぷりの雨が明らかにある。しかも、無視できない頻度で存在する。
しょうがないんで、そういうときは、私は表題のような感じで「傘をささずには歩きたくないくらいには降っている」って感じで表現する。言葉で表現するというのは、難しい。