25.7.30NSW
NSW、ノンストップライティング。何か…風呂上がりだからか、手がさらさらしていてキーボードが打ちにくい。
明日リフォーム工事の人が来るらしいけど、どのように来るのかわからない。というのも、大家が立ち会うという話もしていたので、私が立ち会う必要があるのかよくわからないのである。
そんな話はどうでもいい。
5日前くらいから少し鬱っぽくなっており、今日もそれを引きずっていた。ノンストップ、と言いながら、割とストップしながら書いている。
私が憧れる文体は、トリプルファイヤーのギタリストである鳥居さんの文体だ。あの人の書く文章は何か、チャーミングだと思う。
文体と言うのは何か…とてもふわっとしたものを語っているような気がしてあまり好きな議論ではないのだが、話の内容や意味を排して残る何か、だと思う。リズムはわかりやすいかもしれない。語彙もそうかもしれない。漢字とひらがなの比率もそうかもしれない。私の文章には私の文体が宿っているのであり、それを褒められると一番嬉しいかもしれない、と思う。
ノンストップライティングをしていると、そういった、文章に対する意識と言うものがどうしても頭に上って来る。
文体とは逆に、話の内容が面白い、と思うのは千葉雅也氏である。この人が言っていることはいつも面白く、文体の快さなどはあまり考えたことがない。レトリカルな意味で敬愛していると言うこともある。敬愛している雅也千葉氏いうところの「書かずに書く」というのは、ノンストップライティングと相性がいい考え方だと思うが、意識下に「書くこと」が上っている時点で、あまり成功していないのかもしれない、とも思う。
このコセンスを訪れている人はどれくらいいるのだろうか。一応、view数を見ることができる。最近書いた自由恋愛とセクシャリティの歴史はview数が5であった。ということは定期的に訪れる人がいるとみていいだろう。私が閲覧した数が含まれていないのであれば。やはり見られることは意識せざるを得ない。見てくれる人がいるのは嬉しい。見て何かを思ってくれているならもっと嬉しい。それを伝えてくれたら一番嬉しい。生きていて一番嬉しいことかもしれない。最も幸せを感じる、絶頂と言ってもいいかもしれない。ところがコセンスにはそういった、閲覧者がフィードバックを送ることができるシステムがない。それはそれでいい。それがあると逆に苦しくなったりもするからだ。 しずかなインターネットはコメント機能があったが苦しくはなかった。それをやめたのはUIの問題と、検索機能の問題からだ。それらが解決されていれば、しずかなインターネットで書き続けていた未来もあった。view数はおそらく自分のものも含まれていそうである。残念だ。
鬱っぽさについて。そうそう、それについて書こうと思っていたのだった。NSWをすると脳直で文章が作られるので、話があっちこっちに行ってしまう。おととい昨日から今日、午後ほとんど寝ていたのだが、昨日までは7月の活動的すぎる日々の疲れがあったから、と捉えていた。今日は朝も9時ごろにはおきれて、少し元気になったと思っていたのだが、昼過ぎからなにもできなくなってしまった。予定がないから怠けているだけだという解釈もできそうなのだが、多分ちがう。薬を飲んでいるからストッパーがある程度かかっているのだが、苦しいのだ。何もできなくて、苦しい。もし薬のストッパーがなければ、死にたいと思っていたと思う。薬を飲む前から私はずっと生まれてこの方うつっぽいのであるが、どうしてそんな状態で仕事をしながら生活をこなしていたのかわからない。仕事は一定の精神バランスを整える役割を担っていたかもしれないが、それにしては辛すぎると思う。鬱とはもっとひどい状態の人が使う言葉であると思っていた。しかし今の私ははっきりと、自分の状態をそのように定義することができる。そのように定義することによって自分を責める気持ちを減らすことができる。私が昔の私をそう思えなかった理由は、そうはいっても仕事は毎日行かねばならぬし、仕事をしながら生活もこなしていかねばならぬ、弱音を吐いている暇などない、休んでいる暇などない、と思っていたからだった。苦しいことも苦しくないと思っていた。大したことではない、と自分をずっと無視し続けていた。そう思うと、働き始めてから幾分か楽になって、学生時代はどうやって生きていたかわからない、などとも思う。ずっと過去の自分が苦しく、その苦しさを楽になることの繰り返しで今まで生き延びている。まだまだ楽になり足りないのか。だから生きていて苦しいし、早く死にたい。でもそれは正常なことではない、ということなのだろう。それが当然の苦しさだから、そう思っていたが、違うのだろう。仏教が、一切皆苦と言っているが、そういう言葉に救われたり救われなかったりする。でも、苦しくないのならそっちの方が絶対に良い。でもやっぱり、生きていくのは苦しいと思う。それでも、3月から5月の、働いていた時に感じていた鬱よりはずいぶんと楽だ。それは働いていないからもそうだし、薬のおかげもあると思う。その時に感じていたことは私は鬱だとは思っていないのだが。今と同じようには。
要は何が言いたいのか。私はようやく私に優しくできるようになったということが言いたいのだと思う。
これまでも私は、自分の気分の波が激しい気質のことを理解しようとしていて、それと一緒に生きていく方法を一人で模索してきてはいたが、どうしてもいつも、それは自分に無理をさせる形にしかなっていなかったように思う。それは私がそれでも無理をできてしまう「いい子」であったからで、自分の可能性を閉じることができない臆病者であったからだと思う。もちろん私だけではなく、「普通」というものを押し付ける圧の強いこの社会にも問題はあると思う。今でも私は、自分には普通ができないのではないかという気持ちで気分が沈むことが多い。普通になりたいわけでもないのに、普通に生きられていたらどれだけ楽だったろうかと考えてしまうのだ。事実、私は今まで「普通」とされる道を、違和感を感じながらも歩いてこれた。自分ができないことはなかった。やれと言われればある程度のことはできてしまった。だからやりたいことよりも、できることを選んでこれてしまった。怖い。自分で自分の人生の責任を取ることをしたくなかったから。それをこれからやろうとしている。怖い。今までそんな風に人生を歩んでこなかった。進路選択は自分にとって自分がしたいことだったけど、自分にとって「できるだろう」ことの範疇内、だった。自己効力感が、人が求める部分と自分がやりたいことの範疇にあった。恵まれていた、幸せな人間だった。恵まれていたと思う。私自身の能力云々の問題ではない。運がよかっただけである。だけどそれだけじゃ私は満足できないのだと気付いてしまった。ずっと気付いていたけど気づいていないふりをしていただけとも言う。私はこれから自分の人生に自分で責任取る、そういう生き方を選択していくのだ。そうでなければ、私は満たされることはない。いや、又こんなことを言って、自分を苦しめる方向へ言葉を紡いでいる気がする。やはり鬱っぽさがある。
もっとシンプルに言わせてよ。簡単にシンプルにやりたいことをやって生きていきたい、単純にそれだけだ。やりたいことで生きていきたい。みんなやりたいことやってると思う。そういう意味では。最初はやりたくないところからスタートして、やりたいことが見えてきて、それをやるんだ。私はこの会社では見えなかった。でももう、会社員と言う枠にしばられたくないのだろうなというところが見えてきてしまった。見えてしまったんだ…。
だから本当は一人でこんなところでNSWしている場合ではないのだと思う…
誰か仲間を見つけて、自分一人だけじゃない挑戦を。助けてくれる人達と一緒に自分がしたい道へと進んでいく…。
と、言っても何をすればいいのかわからないからこんなところにいるんだけれど。
転職活動じゃない、別の何か。オルタナティブを生きるための、別の何か。
だから、カウンセリングを受けることも気が進まない。私と一緒にここまで深く掘ってくれないでしょ?って思ってしまうから。
追加
仕事を初めてから、体調が良かった日がほとんどなかった。そんなもん絶対やめた方が良い、やめるべきだと客観的に見ると思うのだが、どうにも私にはその判断がつかなかった。なぜなら、高校生になって以来、生きてて体調が良かった日がほとんどなかった。社会人になってむしろ改善した部分もあり、自分にとって不調がデフォルトであった時期が長すぎた。