旅立ち
原文
弥生も末2月末の七日、明ぼのゝ空朧々として、月は有明にて光おさまれる物から、冨士の峰幽にみえて、上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。
千じゅと伝所にて船をあがれば、前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。
是を矢立の初として、行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと、見送るなるべし。
現代語訳
二月二十七日、夜明け方の空はおぼろに霞み、有明の月はもう光が薄くなっており、富士の峰が遠く幽かにうかがえる。 上野・谷中のほうを見ると木々の梢がしげっており、これら花の名所を再び見れるのはいつのことかと心細くなるのだった。
親しい人々は宵のうちから集まって、舟に乗って送ってくれる。千住というところで舟をあがると、これから三千里もの道のりがあるのだろうと胸がいっぱいになる。
この世は幻のようにはかないものだ、未練はないと考えていたが、いざ別れが近づくとさすがに泪(なみだ)があふれてくる。
行春や鳥啼魚の目は泪
(意味)春が過ぎ去るのを惜しんで鳥も魚も目に涙を浮かべているようだ。
これをこの旅で詠む第一句とした。見送りの人々は別れを惜しんでいるので、なかなか足が進まない。ようやく別れて後ろを振り返ると、みんな道中に立ち並んでいる。後ろ姿が見える間は見送ってくれるつもりなんだろう。<-- そういう風習
背景
分析
「胸にふさがりて」期待? 不安?
旅に出る自分を空飛ぶ鳥に比し、江戸に留まる門人を魚にたとえたといわれている。(諸説の一つ)
「幻のちまた」=幻のようにはいかないこの世の分かれ道