2021年度前期
田中拓道『リベラルとは何か』中公新書、2020年。
第1章 自由放任からリベラルへ
1.リベラルをどうとらえるか
アメリカとヨーロッパ
・アメリカ
これまで中央政府が小さな役割しか担わず、自由放任主義が伝統として根付いてきた。
20世紀に入ると大きな政府を求める勢力が生まれた。この勢力が「リベラル」と呼ばれるようになった。
・ヨーロッパ
封建勢力に対抗して自由を掲げる改革勢力
労働者の掲げる社会主義に対抗して経済的な自由を守ろうとした
・古典的自由主義と現代リベラリズム
古典的自由主義は政府権力を制約し、法の支配を擁護し、私有財産と個人の自由意志を守ろうとする考え方を指す。→福祉に批判的
現代リベラリズムは個々人の能力や可能性を最大限に発揮させるために国家による介入を積極的に認める、政府による再配分を主題にすえたもの。
リベラリズムとリベラル
・リベラルとは(本書の定義)→「自由民主主義」
「価値の多元性を前提として、すべての個人が自分の生き方を自由に選択でき、人生の目標を自由に追求できる機会を保障するために、国家が一定の再分配を行うべきだと考える政治的思想と立場」
・三つの挑戦
①市場の自由を重視する新自由主義の挑戦
②グローバル化と産業構造の変化による挑戦
③移民問題と排外主義による挑戦
2. 近代の自由主義
「近代」
ロックの自然権思想+抵抗権
・『統治二論』
すべての個人は生まれながらにして神から与えられた不可侵の「自然権」を持っている。
自然権に含まれるのは生命、自由、財産である。
・自然権の内容
自分の身体を自由に用いて生命を保存し、財産を自由に処分できること
すべての個人が生まれながらにして保有する権利である
財産は労働によって生み出されたものであり、自分の身体の運動から得られたものだから各自の所有物となり、自然権の一つとされる。
・法の支配
人々の制定した根源的な法によって国家権力が縛られること
根源的な法とは、人が互いに結んだ契約によって作られた共同の権力(国家)であり、現代で言う憲法である。
アダム・スミスの「見えざる手」
・著作
『国富論』
・公共善
公共の善を生み出すのは公共心を持つと自称する人ではなく、自分自身の利得のために行動する人である。
・「見えざる手」+国家の役割
自由な市場では、価格を通じて需要と供給を調整するメカニズムが働く。→「見えざる手」
スミスは、国家の役割をあくまで自由な市場の維持することにとどめるべきと主張。
国家が特定産業を保護したり、職業や移動の自由を制限したり、市場を規制する組織が作られると、市場メカニズムがゆがめられ、社会全体が貧しくなる。
自由主義の黄金時代
・19世紀政府支出の割合=小さな政府
・経済成長→19世紀末から20世紀初め
3.リベラルの登場
・自由主義からリベラルへの転換
競争→格差→放置?
・イギリス
1870年代の経済不況を背景に、貧困観の転換が起こった。
1880年代には貧困が個人の問題ではなく、「社会問題」として認識されるようになった。
自由党支持者の間でも、経済的な自由主義への懐疑が広がる。
彼らによる自由主義の刷新→「ニュー・リベラリズム」
ホブソン「古い自由放任主義は死んだ」
ホブハウス 自由放任主義を「非社会的な自由」に基づくものだと批判し、「社会的自由」を対置した。
彼らによる「自由」
個人が社会の中で道徳的、知的な能力を最大限に発揮させ、良き市民として社会に参加する機会を持つこと。
社会とは個人の人格的発展という共通目的のもとに、結びついた集合。
個人と社会の間には相互義務がある。
国家の役割:すべての条件を平等にするのではなく、「自由な発展のための機会」を平等に保障すること。
例:就労の機会、最低限の生活賃金、公教育、高齢者への最低年金など
ホブソンは累進課税と労働者への再分配を主張。
この思想はロイド・ジョージが主導した「リベラル・リフォーム」に影響を与える。
・フランス
1840年代に「社会問題」という認識が生まれ、貧困は個人の問題ではなく無秩序な工業化によるものだという認識が思想家によって広められる。
その時期を境に革命運動が繰り返される中、「連帯主義」という思想が生まれ、それらの改革に知的正当性を付与することとなる
連帯主義.....経済的な自由主義を修正するとともに、結社の自由を擁護し、組合などの中間組織は国家の統制から自由であるべきとした思想
個人が私的利益の最大化のみを追求すると社会秩序が失われる危険がある。
二つの個人主義
功利主義的個人主義…自己利益の最大化だけを追求する。これが発達することで個々人は闘争状態に陥る
道徳的個人主義…すべての個人は価値や規範を自らの理性によって吟味、選択するという自由検討の精神を持っている。こうした精神の自律性を保証することが社会の共通目的となる。
そのためには国家による教育だけでなく、市場を規制する仕組みが必要である。
・アメリカ
20世紀初頭、新興中産階級を中心に下層階級の保護を進めようとする「革新主義」運動が登場する。この運動を背景として、民主党内でリベラル派が形成された。
1929年の大恐慌後、1933年にリベラル派を支持基盤としたルーズベルトによるニューディール改革が実践に移された。その中の失業対策や最低所得保障には大企業の経営者や金融業界も賛成した。このような労働者・経営者間の協力関係を近年の歴史研究では「ニューディール政治秩序」と呼ばれている。
哲学者ジョン・デューイの著書『自由主義と社会的行動』(1935)のよれば、古典的自由主義で語られる自由とは、個人に本来備わる能力の発達、研究や討論や自己表現によって表される自由な知性を指す。これを実現するために国家の幅広い役割が必要とされた。
4. リベラル・コンセンサス
20世紀の大転換
・自由放任→「自己調整的市場」への「大転換」(ポランニー)
・ケインズ主義(1920年代):財政、金融
・ベヴァリッジ報告(1942年)
・戦後のリベラル・コンセンサス:右派=市場の自由、左派=国家による分配と平等。左右の対立。階級対立。→経済成長の好循環。
・画一的な基準に基づく再分配、サービス。「自由な選択」なし。
--------------
この本でいうリベラルが古典的な意味も現代的な意味も両方含んでいることに、それぞれの考え方をうまくまとめたものだと思った。また、リベラルの考えの変化には社会状況の変化が強く関係していると思った。(関)
アメリカとヨーロッパでリベラルの捉え方に違いがあることは初めて知った。(坂入)