作ることと使うことの統合
自分がインタラクションデザインの何に対して興味を持っていたのか、機械学習の進歩、主に生成AIによって明らかになった気がする 作ることと使うこと、ユーザーと開発者は分離されている
開発者はユーザーでもいられるが
もともとコンピュータを使うことは開発者でありユーザーであることだった
スマートフォンの登場によって使う側と開発者の分離が大きくなった
コンピュータは開発ができる
メモ帳でもいい
コンパイラがプリインストールされている、ブラウザがあればJavaScriptが使える
しかし大半の人はそれをしない
プロの開発者も全く開発をしない人も同じものを使っている
使われていない資源
AIによって引き出せるか?
使う人が使いたいように機能や操作が生成可能になれば、使うことが作ることになる
今まではこういうことがしたい、こういう勘違いをしてしまうから直して欲しい→開発者が直す
運用しながら開発していく永遠のベータ版
企画→デザイン→コーディングのイテレーションが1人で回せる
「こうしたい」を伝えられる形にできるか
ここに開発者が介在しなくてもよくなるとすると、どうなるか
2025年7月の段階で、自分は以前ならライブラリを使っていたような機能を生成AIで作っている
既存アプリの設定やカスタマイズをするように独自のアプリを生成できる
OSの制約や開発力の制約がなくなり、欲しい機能が実現できると嬉しい
そんなことは可能か
大元になるアプリケーションはどう作られるか
皆がそれぞれ違うものを使うことになる
作ること、アウトプットする過程で分かることや整理されることがある
構造
前後関係
身体の記憶