月のページと週のページの棲み分け
去年の週ページを見返してみた。
週単位で振り返りと計画、やったことの記録をしている期間のほうがそうでない期間に比べて丁寧に進捗を出せていたように見えた。 進捗云々関係なしにしても、週単位をちゃんとやると自分は今調子が良いのかあるいは悪いのか等に自覚的になりやすく、粒度としてもちょうどよいし、受験の時もこれでうまくいっていたし
息継ぎとして良い
月のページと週のページのすみわけは永遠の悩み
月のページにやったことを書くといろんなことを一覧できて達成感はある。
メリットは一覧性のみか
しかし、書いている内容として特に意味がないことを書いて埋めているような感じもする。
中身が伴っていないというか。だから何?みたいな「やったこと」が単語でダーっと並んでいるだけになっている。
それの何が問題なのか?
特に記述に方向性があるわけではないので、見返したときによくわからない
コンテキストを付与すると一覧性が下がるので、そもそも月ページでやることではないと思っている。
だからやらない。すると、文脈が欠落した単語の羅列だけが残る。
ログとしてはそれでよいのではないか
見返したときに有益なログなら、記録のフォーマットがある程度整っていると嬉しさがある。
たとえば睡眠2025-01というページに、毎日の起床時刻と就寝時刻が記録してあったら分かりやすい。
あとは数学2025-01というページにその日の進捗した教科書のページとかやった内容が書かれているのはまだ有益だ。
月ページでやっていることはそれとは違う。一覧する必要がないことを一覧している。
たまに月ページに書くことを学校関連、学習関連に制限するという試みを行う
しかし[2025-11]のようにこの運用で書かれたページをみてもあまり有益さを感じない。それよりも、週の振り返りのほうが読み返していて気付きがある。
週のほうでは生活全体を総合的に振り返る傾向がある。
学校がつまらんとか楽しいとか、気持ちとかどうでもいいこととかもだらだら記述する。そっちのほうが記録として将来に活かす余地が生まれやすい。
日記にも同じ傾向はあるが、より枝葉を落としたまとめとして、あるいは淡々とした事実も加えるので週のページに意味がある。
客観的な内容と主観的な内容を同時に振り返られると良い
やったことをやったというのも記録しなければ忘れるが、その時どう思ったかも同じように記録しなければ消える
受験生のときはそもそも受験というテーマがあった
受験勉強として進捗しているかどうかという視点がこちら側にあるので、一覧に意味があった
計画が立てやすいのでそれに対して進捗しているかどうかというのもわかりやすい
週のページに書けば、その週のテーマに沿ったことがすすめられたかどうかみたいな視点が生まれるので、良い感じに進捗していたのかどうかが分かりやすい。丁寧に生きられる
上に書いたような効用から考えれば、別にテーマが週ページの価値というわけでもない
[2025-12]を見て、31日のうち12~14日もサボりだなあという傾向を掴むことはできる
しかし、なぜそんなに息切れしていたのかということはこのページからはわからない
将来に活かすことができない
だとすれば、月ページの記録にそこまでの労力を割くことはしたくない
そもそもサボりかどうかの基準が曖昧であるため、そのへんも疑問である
学校関連、勉強のタスクを何もしなかったという意味ではあるが、、、
サボりかサボりじゃないかみたいな二値のデータが取りたいなら縦軸に日付、横軸にテーマを取って表にマルバツだけ記録すればいい
そういうのは例によって(一覧性が高い)月単位のほうがやりやすい
スプシでやろうかな