『だれのための仕事――労働vs余暇を超えて』
(講談社学術文庫 2087)
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集団や社会層に共有されて無自覚的レベルで人々のひととなりを規制しているしきたり、またそれによってつくられた人柄 ニッポニカ
目次
第一章 前のめりの生活
第二章 インダストリアスな人間
第三章 深い遊び
第四章 <労働>vs<余暇>のかなたへ
補章 いまひとたび、働くことの意味について
1時間くらい再読メモ。
「この世の外ならどこへでも」『パリの憂鬱』
『青い鳥』メーテルリンク
カール・ブッセ
ネオマニー?
omnia nova placet
ロラン・バルトのモード批評
ロックは所有権を、市民の自由の基礎をなすものとして認めたかった
所有権による財の不平等をどう正当化するか?
勤労度の差によって生じると考えればよい
労働は所有の権利根拠かつ富の源泉とされた
ロックは所有権に制限を設けた
浪費はNG
しかし、腐敗しない貨幣があれば、所有権の制限を侵さずに(食べもしないリンゴを溜め込んで腐らせるような無駄ではなく)富を占有できる
つまり、貨幣が獲得欲を生み出し、より労働に向かわせる。(レオ・シュトラウス)
この流れにおいて、勤労の精神(資本主義のえーとす by ヴェーバーの流れを汲んだもの)が労働者 市民? に宿ってくる
ロックの思い通りの世界になってない……
労働をinfuseするとは何?
スミス
労働は富の源泉
労働は苦労と骨折りとする
やりたくない事として定義してしまったからには、勤労自体が美徳であり財の源泉であるというモチベーションが必要になる
これ順序あってるかな……
労働価値説
山崎正和
労働と余暇という二分法によって、余暇が労働を妨げない「ほどほど」なものとして労働中心に考えられるようになり、浅くなってしまった。
「ほどほど」とはより高次の目的に適合し、それを妨げないことにほかなりません。
高次の〜=労働
アマチュアリズムという余暇を充実させるために見える思想が実は労働における目的至上主義を補完するものである
この二分法を前提として考えなければ、学問や芸術や昼寝やゲームが同じ枠組みとして程度の差しかないものであると捉えられる事はない。
浅い遊び
介護は家族の一員としてやって当たり前のことだから辛い。ボランティアは必要とされ、感謝されるから楽しい。
ボードリヤールとボードレールがいて紛らわしい。
目的至上主義による労働には意味がないからつらい
アーレント
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