悪の凡庸さ
ハンナ・アーレントが、『エルサレムのアイヒマン』の中で第二次大戦中に起きたナチスによるユダヤ人迫害のような悪は、根源的・悪魔的なものではなく、思考や判断を停止し外的規範に盲従した人々によって行われた陳腐なものだが、表層的な悪であるからこそ、社会に蔓延し世界を荒廃させうると喝破したこと。 ユダヤ人を強制収容所に移送する実務を担ったナチスドイツの役人、アイヒマンの裁判記録「エルサレムのアイヒマン」で、アーレントは「悪の凡庸さ」を語った。アイヒマンは狂信的反ユダヤ主義者ではない。妻子や父母らへの態度は模範的だった。出世欲がある役人で、ヒトラーの命令を法として最善を尽くした。ユダヤ人大量虐殺の一翼を担ったのは「怪物」でもなく、極悪人でもなく、普通の人間だった。その悪の何と凡庸なことか、と。 アーレントはナチスのユダヤ人虐殺を、ある意味で行政機構が正常に作動した『行政的殺戮(さつりく)』と呼んだ。彼女が問題にしたのはアイヒマンの想像力の欠如だ。自分の仕事が結果として何をもたらすか、考えない。深い意図から大きな悪が生まれるのではなく、普通の業務として遂行して、大きな悪を引き起こしてしまう。